現実科学レクチャーシリーズ

Vol.35 上出遼平先生レクチャー(2023/5/12開催)

デジタルハリウッド大学と現実科学ラボがお届けする「現実科学 レクチャーシリーズ」。

「現実を科学し、ゆたかにする」をテーマに、デジタルハリウッド大学大学院 藤井直敬卓越教授がホストになって各界有識者をお招きし、お話を伺うレクチャー+ディスカッションのトークイベントです。

Twitterのハッシュタグは「#現実とは」です。ぜひ、みなさんにとっての「現実」もシェアしてください。

概要

  • 開催日時:2023年5月12日(金)19:30~21:00
  • 参加費用:無料
  • 参加方法: Peatixページより、参加登録ください。お申込み後、Zoomの視聴用リンクをお送りいたします。
    視聴専用のセミナーになりますので、お客様のカメラとマイクはオフのまま、お気軽にご参加いただけます。

ご注意事項

  • 当日の内容によって、最大30分延長する可能性がございます。(ご都合の良い時間に入退出いただけます。)
  • 内容は予期なく変更となる可能性がございます。
  • ウェビナーの内容は録画させていただきます。

プログラム(90分)

  • はじめに
  • 現実科学とは:藤井直敬
  • ゲストトーク:上出遼平氏
  • 対談:上出遼平氏× 藤井直敬
  • Q&A

登壇者

上出遼平

1989年東京生まれ。
2011年テレビ東京入社。
「ハイパーハードボイルドグルメリポート」シリーズ企画制作。
2022年テレビ東京退社。

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藤井直敬

藤井 直敬

医学博士/ハコスコ 代表取締役 CSO(最高科学責任者)
XRコンソーシアム代表理事、ブレインテックコンソーシアム代表理事
東北大学医学部特任教授、デジタルハリウッド大学学長補佐兼大学院卓越教授
1998年よりMIT研究員。2004年より理化学研究所脳科学総合研究センター副チームリーダー。2008年より同センターチームリーダー。2014年株式会社ハコスコ創業。
主要研究テーマは、現実科学、適応知性および社会的脳機能解明。

共催

現実科学ラボ
REPORT

すべての人に共通する「基底現実」は存在するのか?

第35回 現実科学レクチャーシリーズは、テレビ東京元社員で、現在はフリーランスのテレビディレクター、演出家、作家として活動する上出遼平さんに登壇いただきました。上出さんは、2017年から2020年に不定期で放送されていたテレビ東京の深夜番組『ハイパーハードボイルドグルメリポート』の企画から演出、撮影、編集まで全ての工程を手がけてきた方です。第6回の放送内容が第57回ギャラクシー賞・テレビ部門で優秀賞を受賞した同番組は、「生きることは、すなわち食べること」をコンセプトに、ギャング、元少年兵、難民、出所者、貧困層など、世界各地の危険な場所で危険な生業をして生きる人に密着取材。彼らがどのような食事をし、どのように生きているのかを伝えています。

今回はそんな上出さんと藤井教授が対話を重ねる形で、レクチャーが進んでいきました。

上出さんはまず、レクチャーの冒頭で藤井教授が行った「現実科学とは」の解説について感想を共有。「基底現実(仮想空間と対比した際の現実世界のこと)が果たして本当に存在するのか分からなくなった」と話しました。基底現実が存在するのであれば、個人間で共通の「現実」があることが重要ですが、上出さんがこれまで危険地域の取材を進める中で感じたのは「他の人には共有できないけれど、確実にその人の眼前にある現実」も存在するのではないかということだったそうです。「オーラが見える人というのも、スピリチュアルな話というだけで片づけることはできず、その人には本当に何か見えているのかもしれない。お互いに共有できる言葉の幅が少ないだけで、実は人それぞれ、見えている現実は全然違うのかもしれない」と、上出さんが今感じていることを藤井教授に語りました。

藤井教授はその話を受け、「すべての人に共通な現実があるという前提から始まると、いろいろなところに不具合が生じると考えている。すべてが数式で説明できる科学的な世界は、とても強いし再現性があるが、そのおかげで隙間ができ、そこから漏れ落ちているものがたくさんあるように思う。全員違う現実を見ているんだというところを起点にすると、世の中の歪みがなくなるように思う」と、これまでレクチャーシリーズで議論を重ねてきた論点を説明しました。

蔓延する陰謀論。現代社会が抱えるリスクと必要なこと

上出さんはその論点に対して、リベリアでエボラ出血熱が流行した際、陰謀論が社会の中に大きく広がったことに触れながら「藤井先生は、いろいろな現実があっていいという立場をとっていると思う。しかし、広まった陰謀論の内容によっては、世の中に“まずいこと”が起こり始めているのではないかという危機感もある」と考えを述べ、科学者としての立場から考える昨今の社会のあり方について藤井教授の見解を尋ねました。

藤井教授はその質問に対し、「陰謀論のようなものが自分の世界に入ってきていると思いながら、目の前の情報を疑い続けることも重要だ」と回答。これからの社会を生きていくためには、何か疑わしいものに対して疑いの目を持ち、それが嘘かどうかを検証できる知識やスキルを持っていることが大切になると語りました。

上出さんもその話に大きく同意し、「リベリアで広がる陰謀論の話をすると、とんでもない国だという感想をもらうことが多いが、実は日本もリベリアとあまり変わらず、陰謀論が蔓延しつつあると思うことが多い」と話を続けます。というのも、手にした情報を自分の頭で考え、精査していく作業は、思った以上にパワーを要するものです。一方で、陰謀論は比較的理解しやすい構造をしています。そのため、上出さんは「考え続ける余裕のない日本社会で、陰謀論は今、多くの人にとって魅力的に映りやすいのではないか」と指摘します。そして、「自分が陥っている満たされない状況は、外部の何者かに原因があると考えられれば、すべてがストレートに収まっていく。現実とは何かという問いがあまりにも難しすぎるため、この先の未来には、陰謀論を信じる人が多数派になるリスクもあるように思う」と、上出さんが抱く危機感の中身について言及しました。

藤井教授も「たしかに現在は技術が発展しているからこそ、数年前にアメリカでフェイクニュースが大きく広がったときと同じ現象が発生したとしたら、元に戻れないように思う」と語りました。

「複雑な現実」を、言葉で「複雑なまま理解する」ことの難しさ

そして、話題は上出さんが「テレビ番組をつくる際に意識していること」に及びました。

上出さんは番組をつくる際、「いろいろな物事の形があるということを示し続けること」や「善悪の線引きをしないこと」を大切にしてきたといいます。例えば、『ハイパーハードボイルドグルメリポート』の初回・リベリア編に登場した人たちは、全員が戦場などで人を殺めた経験を持ちますが、食事を囲みながら話をすると、さまざまな会話からその人の持つ背景が分かってくるのだそうです。そして、その背景を一部でも理解することができると、「1つの事象をもって、その人が完全な悪人だと決めつけることはできない」と感じるため、「昔から続くテレビ業界の『分かりやすい悪』に飛びつく慣習に対して、カウンターであり続けようと思ってきた。複雑な現実がありえるさまを世の中に提示したかった」と、上出さんは番組制作への想いを語りました。

藤井教授はその話を聞き、3月のレクチャーシリーズに登壇した菅野志桜里さんが語った内容に言及。上出さんのように「いろいろな現実がある」と伝えようとする人がいる一方で、法律家のように犯罪の「事実」を言葉で規定する仕事もあれば、国会議員のように人の行動の枠組みをつくる仕事もあるということを提示しました。

上出さんはその話を受け、「言葉」という道具に対して感じている葛藤を口にします。「人は言葉を使って、毎日のようにラベリングをしている。それは我々が現実と対峙する際に便宜上必要なもので、何かを表現する際には絶対に必要なもの。でも、僕が番組制作などを通じてやろうとしていることは、そのラベリングの楽さから退避する行為。言葉を使わなければ表現できないけれど、安直なラベリングはしたくない。このギャップに常に苦しんでいる」と語りました。

藤井教授も、上出さんの語る「言葉を使って、複雑なものを、複雑なまま理解することの難しさ」に同意。そして、昨今のChatGPTを例に出しながら、言葉の持つ限界に言及しました。「人間のほうがはるかに多くの情報を扱っているはずなのに、ChatGPTが言語を学習しただけで、人間のように賢い存在だと感じた。つまり、我々は複雑な世界を、言語でシンプルに置き換えているということで、人間の脳がそのように複雑なものを捉えきれないことにがっかりした気持ちを覚えた」と、AIに触れて感じたことを述べました。

人は、物語を消費して生きている

そのような話の流れの中で、話題はさらに発展。続いては、フリーランスとして現在多様な媒体で活動されている上出さんが、各メディアの特性をどう考えているかについて話が広がりました。

上出さんは「映像は、実は映し出されていない部分の文脈が、視聴者に全く伝わっていないという感覚がある。一方で、文章のほうが読者に伝えられる世界が広い気がしている」と、最近感じていることを語り始めます。そして、文章のほうが伝えられる情報量が多いと感じる理由として、テレビはスクリーンが障壁となってしまい、情報の受け手が受動的になってしまうものの、文章は受け手がそこに書かれた世界を能動的に再構築する作業を挟むからではないかと考察。「人の曖昧な世界や不確かな世界を表現する上では、文章がやはりベストなやりかたではないかと思うが、藤井教授はどう考えるか」と、尋ねました。

藤井教授はその問いに対し、ハコスコで扱っている360度カメラの可能性と限界に触れながら、「表現者としては、フレームのない映像は非常に不自由だという実感がある。一方で言葉は読む人に世界の構築が委ねられる。どこまでも説明しようとする表現方法もあれば、言葉がひとつ決まることで、そこで表現したい世界観がバッチリと決まることもありえるのだと考えている」と、文章表現の持つ余白の存在について回答しました。

上出さんはその話を受け、漫画やゲームなど、人を楽しませるコンテンツには「『今、ここ』の私ではない存在を体験し、その世界に入り込む没入感が大切なのだと思う」と、クリエイター視点での新たな意見を展開。そして、そういった現実ではない想像上の世界をまるで現実かのように認識しようとする人間の行動について、「これは人間独特の心理構造と言えるのではないだろうか。人間はどこかで非現実を必要としている生き物なのではないか」と疑問を投げかけました。

藤井教授は「人間は、物語を消費して生きているものだと思う」と、上出さんの疑問に対して持論を展開。その上で「上出さんの提供する物語は、非常に複雑だと思う。さまざまな糸が絡み合っている感じがする」と、『ハイパーハードボイルドグルメリポート』を念頭に置いたコメントを語りました。

身体の移動が人間にもたらす効果を考える

レクチャーの終盤は、上出さんが最近、ニューヨークへの移住を考えていることから、身体の移動が人間にもたらすものについて意見を交わし合う時間に。

上出さんは一箇所にとどまっていられない性分だといい、過去の経験から引っ越しをすると自分にとって良い効果があると分かっているため、今回も東京での生活に区切りをつけ、ニューヨークへの移住を考えているのだといいます。そして、「そのような物理的な移動は、SRやVRでは経験できないような変化を自分の中にもたらす気がしている」と、移動が人に与える効果について考えを述べました。

藤井教授は、SRやVRで移動を追体験するよりも、物理的・身体的に移動したほうが効果が高いという上出さんの意見に同意。引っ越しをして新しい土地で暮らすことは、旅行やVRなどでその土地を一時的に体験することとは大きく異なる影響があると語りました。

上出さんもその話に納得した様子で、「移動することで、嗅覚や触覚までも含めて、インプットされる情報が変わる。湿度や臭いなどの感覚が、記憶や感情を引き出すこともある。嗅覚や触覚も人間の心理に大きな影響を及ぼしているように思う」と話し、本日の対談を終えました。

上出さんにとっての「現実」とは?

最後に、上出さんにとっての現実の定義をお伺いしました。

上出さんはご自身のこれまでの経験から、現実の定義について

「死のある世界」

と話しました。登山で崖から落ちるなど、上出さんはこれまでに「このまま本当に死んでしまうかもしれない」と思った経験が何度かあるそうです。そのとき感じたのは「現実が“恐ろしいもの”として、足元からグワッと立ち上がってくるような感覚だった」といいます。

そして、その後無事に生還できたときに感じる喜びは、他のどんな経験で得る喜びよりも大きいものだったそうで、「今後、仮想現実をつくって何か“遊び”をつくるとき、そこに『死』という要素を同介在させるかが、人を楽しませるコンテンツをつくる鍵となるのではないか」と、クリエイターならではの考察を述べた上で本日のレクチャーの幕を閉じました。