現実科学レクチャーシリーズ

『脳と生きる』 出版記念鼎談(2022/7/12開催)

デジタルハリウッド大学と現実科学ラボがお届けする「現実科学レクチャーシリーズ」。

「現実を科学し、ゆたかにする」をテーマに、デジタルハリウッド大学大学院 藤井直敬卓越教授がホストになって各界有識者をお招きし、お話を伺うレクチャー+ディスカッションのトークイベントです。

Twitterのハッシュタグは「#現実とは」です。ぜひ、みなさんにとっての「現実」もシェアしてください。

▼書籍情報 

『脳と生きる: 不合理な〈私〉とゆたかな未来のための思考法』

(河出新書)990円(税込)

詳細:https://www.amazon.co.jp/dp/4309631517

概要

  • 開催日時:2022年7月12日(火) 19:00〜20:30
  • 参加費用:無料
  • 参加方法: Peatixページより、参加登録ください。お申込み後、Zoomの視聴用リンクをお送りいたします。
    視聴専用のセミナーになるので、お客様のカメラとマイクはオフのまま、気軽にご参加頂けます。

ご注意事項

  • 当日の内容によって、最大30分延長する可能性がございます。(ご都合の良い時間に入退出いただけます。)
  • 内容は予期なく変更となる可能性がございます。
  • ウェビナーの内容は録画させて頂きます。

プログラム(90分)

  • 「脳と生きる」とは
  • 鼎談:川田十夢氏 × 藤井直敬 × 太田良けいこ氏
  • Q&A

登壇者

川田 十夢

1976年熊本県生まれ。10年間のメーカー勤務で特許開発に従事したあと、やまだかつてない開発ユニットAR三兄弟の長男として活動。新著『拡張現実的』(2020)、旧著『AR三兄弟の企画書』(2010)。WIRED巻末連載、J-WAVE 『INNOVATION WORLD』、BSフジ『AR三兄弟の素晴らしきこの世界』、テクノコント。BTC(ブレインテックコンソーシアム)理事。公私ともに長男。通りすがりの天才。その世界のスター。ニュー文化人。

藤井直敬

藤井 直敬

医学博士/ハコスコ 代表取締役 CSO(最高科学責任者)
XRコンソーシアム代表理事、ブレインテックコンソーシアム代表理事
東北大学医学部特任教授、デジタルハリウッド大学学長補佐兼大学院卓越教授
1998年よりMIT研究員。2004年より理化学研究所脳科学総合研究センター副チームリーダー。2008年より同センターチームリーダー。2014年株式会社ハコスコ創業。
主要研究テーマは、現実科学、適応知性および社会的脳機能解明。

太田良 けいこ

ハコスコ 代表取締役 CEO
2014年株式会社ハコスコ創業。
株式会社ハコスコCOO。XRコンソーシアムおよびブレインテックコンソーシアム共同創業者。PayPal、eBay、Tesla、Amazonなどの日本事業立ち上げ、楽天でのFintech/EC事業やXR/ブレインテックの業界団体など、人生の大半を先端テクノロジー分野の事業立ち上げに捧げている。

共催

現実科学ラボ
REPORT

私たちの「脳」が持つ、不合理な特性とは

5月に出版された書籍『脳と生きる』は、藤井教授と太田良さんが約20年の結婚生活の中で、脳の働きと人間の行動、「現実とは」について、日々考え、対話を続けてきた内容をまとめたものです。

お二人が書籍を通じて最も伝えたかったのは「脳は疲れやすく、省エネ志向。そんな脳に振り回されていませんか?」というメッセージでした。

藤井教授は社会生活における人間の不合理な振る舞いを観察した結果「人は脳に振り回されているのではないか」と認識し、不合理な行動をとってしまう責任の所在を「ブレインくん(脳を別人格に見立てた架空の存在)」にすることで、いろいろな物事が自由になると語ります。

今回の鼎談の冒頭では、私たちの脳が持つ8つの「不合理な特性」について、書籍の2章の内容をもとに、簡単に説明がありました。

<不合理な脳の特性>

①省エネ志向でつかれやすく、なまけもの

脳のエネルギーは60Wの電球1個分で、とても脆弱です。

②脅威の自動判定によるビビり癖

怠け者の脳も、脅威に対しては自動で迅速に対応します。この「ビビり癖」が怒りやストレスを生み出し、社会を悪くする一因にもなります。

③想定外の誤差に口やかましく反応

脳は常に予想をしており、その予想からズレが生じただけで、自動的に「悪いもの」だと反応してしまいます。

④融通の利かない白か黒かのゼロイチ思考

グラデーションがあると判断が大変になるため、脳はゼロイチ思考に陥りがちです。

⑤他者には我慢してやり過ごす意気地なし

「社会性」は、自己抑制がベースとなっています。他者との競合を力で解決することは高い負荷がかかるため、人間は「我慢」という自己抑制で社会的ストレスを乗り切ろうとするのですが、ここにさまざまな不合理が生じます。

⑥興味のあるものしか見ない聞かない指向性

人間は「注意」という機能で、物事を見るときに非常に狭いフィルターをかけてしまいます。そのため、いろいろな不合理が生まれます。

⑦変化を嫌う頑固もの

新しい環境や習慣、しくみを受け入れるには、脳内で自動化された仕組みを学習によって作り直す必要があります。脳のリソースを使う作業のため、脳は変化を嫌います。「保守 的であること」は、脳の特性からくる人間の本性なのです。

⑧逆算嫌いの狭い視野

脳は物事を俯瞰して、ゴールから逆算して考える作業が苦手です。しかし、逆算思考ができれば、合理性を取り戻すことができます。

人によって異なる「モチベーションのタイプ」

続いて、人が行動を起こすモチベーションに話題が移りました。

人はさまざまな要因で行動しますが、藤井教授と太田良さんは、人を動かす大きな要素として「脅威」と「報酬」に着目。「脅威」の要素については神経科学を活用したリーダーシップ開発を行うDavid Rock(デイビッド・ロック)氏が提唱した「SCARFモデル」を参考としながら、藤井教授と太田良さんは今回、脅威だけでなく報酬要素もこのSCARFモデルで分類を行いました。

藤井教授が「このような分類をもとに人の行動を見ていくと、社会の仕組みを理解するのに役立ち、人の行動を予測できるようになる」と語ったうえで、本イベントの参加者に「モチベーションのタイプ」を診断するアンケートが行われました。

3種類の質問に対して、「Yes」という回答なら「1」を、「No」という回答なら「0」を当てはめ、数字を横3桁に並べます。

そして、下記の表をもとに、自分のタイプを調べていきます。

藤井教授と太田良さんによれば、人のモチベーションは5つのパターンに分類できるといいます。

それぞれの特徴は、下図の通りです。

今回、登壇者の中でもタイプが分かれ、藤井教授は「目利きクリエーター型」、太田良さんは「参謀型」、パネリストの川田さんは「自分ブランド型」となりました。

藤井教授はこのタイプ診断をもとに、「自分や身近な人がどのようなタイプで、何をモチベーションとして行動しているのかを考えてみると良いと思う」と話します。なぜなら、人間関係や社会の中で起こるさまざまな問題は、自身と他者のモチベーションタイプや、現実と理想の報酬要素のギャップによって引き起こされていることが多いからです。

例えば、「評価されたい型」の人が「参謀型」の仕事を任されると、本来は客観的に判断しなければならない場面で、評価されたい型特有の相対評価による判断が行われてしまい、プロジェクトの軸がブレるといった問題が生じます。

また、このモチベーションタイプ診断はあくまでも自己診断であるため、自覚するタイプと他者から見た評価にギャップが生じる場合もあります。太田良さんは「このタイプ診断で感じた自己認識などとのギャップをもとに、自分をフレキシブルに変えることで、人間関係の問題が解消されたり、自分自身をモチベートしたりすることにつながる」と述べました。

藤井教授はその話を受け、「タイプ診断を一つのきっかけとして世の中の不合理を見ていくと、腹落ちすることも多く、賢く、合理的に生きられるようになる」と語り、鼎談の前半を終えました。

このモチベーションタイプについては、書籍の中でより詳しい説明や企業・社会の中でどのような事例が起こりうるか解説しています。興味を持った方は、ぜひ書籍を読んでみてください。

▼出版社による書籍情報のURLはこちら

https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309631516/

モチベーションタイプの違いから起こったストレス

鼎談の後半では、川田十夢さんとのディスカッションを行いました。

今回は、書籍「脳と生きる」の中でイラストを担当された畠山芳春さんのグラフィックレコーディングもディスカッションを盛り上げました。

川田さんはまず「モチベーションのタイプ診断」に触れ、AR三兄弟のメンバーで診断してみたところ、それぞれ「参謀型」「クリエーター型」「ブランド型」とタイプが分かれたと語りました。川田さんはこのタイプ診断の結果に、思い当たることがあると続けます。以前、自分の仕事をすべて次男の高木伸二さんに任せたところ、高木さんが大きなストレスを感じてしまったのだそうです。その原因は「ブランド型の川田さんの仕事を、参謀型である高木さんに任せてしまったこと」でした。

その話を受け、藤井教授が「自分のタイプと異なる仕事が回ってきたとき、どうふるまえば良いのだろうか」と問いかけると、川田さんは「僕のようなタイプは良かれと思って仕事を振っている。やはり自分のタイプや希望の仕事を主張したり、振られた仕事が得意な人を紹介するほうが良いのではないか」と答えました。太田良さんもご自身の経験から、「自分の嬉しいことが、周りの人にも当てはまると考えるのをやめるといいのではないか」と意見を述べました。

ここで、川田さんから「SNS時代において、SCARFの報酬の定義は変わっているのではないか」と質問がありました。

藤井教授は「今回提示した『報酬要素』は、SCARFモデルをもとに私たちが任意で設定したもの」としながら、「脅威は情動と結びついているため、反応も早く分かりやすいが、報酬は反応が人それぞれで、後からじわじわと行動に結びつくものだと思う」と話しました。

現実科学と宗教、脳の特性と世界情勢

ディスカッションでは、昨今の社会情勢も踏まえ、「現実科学と宗教」にまで話が及びました。

川田さんはAR技術を用い、重力をなくしたり、時間を止めたりと、まるで夢や神業のような作品を多数生み出しています。そのことによって、まれに川田さんを神格化するファンに出会うことがあるといい、「現実科学の使い方によっては、人を操る宗教の方へ傾いてしまう危うさ」を感じているそうです。川田さんは「現実科学と宗教をどのように線引きすべきか」と藤井教授や太田良さんに問いかけました。

藤井教授は「現実の定義や、意識、無意識は日々揺らぐもの」としたうえで、宗教は神などに絶対性を与えることによって、そうした「揺らぎ」が認められなくなってしまうと説明。常に揺らぎを持たせながら世界を定義し、自分の世界を見ることが大切なのだと語りました。

その話を受け、太田良さんは「脳の特性を使えば人を簡単に騙せるが、それに対して多くの人が自ら思考すべきなのだと思う。自分で考えて、責任を取ることが大切なのではないか」と述べました。

川田さんはこれらの話を受け、世界に脅威をもたらしている大国の動きなども、ぜひ「脳の働き」で説明してほしいと感想を述べると、太田良さんは「説明可能だと思う」と答えました。藤井教授は戦争を引き起こしてしまう大国の首脳も、脳の特性や働きという視点から見ると、同じような原理で動く人は身近にたくさんいるはずだと語ります。太田良さんは『脳と生きる』を執筆したことで、「社会情勢をただ不愉快に思うだけでなく、その原因や行動原理を因数分解できるようになり、分析的に見られるようになってきた」と述べました。

川田さんは「次回作があるなら、ぜひ世界各国の動きを脳の働きの視点から分析してほしい」と話し、ディスカッションパートを終えました。

4名の登壇者にとっての「現実」とは?

現実科学レクチャーシリーズの最後に、毎回必ずお伺いしている「現実」の定義。今回は登壇者全員に、それぞれの考えをお聞きしました。

AR三兄弟・川田さんにとっての現実とは、前回登壇時と変わらず、

「実装可能なキャンバス」

だと定義づけました。

続いて、今回のイベントでグラフィックレコーディングを担当した畠山さんは

「自分の周囲の状況や周りの評価のこと。自分の意思というよりも、周囲の人の評価だと思った」

と述べました。

太田良さんは

「自分の脳と環境がつくり出す有り様」

と回答。脳の働きと人間の行動について、長きにわたって考察を積み重ねてきた太田良さんならではの回答をお聞きすることができました。

最後に、藤井教授は

「私たちを閉じ込めている、脳がつくる繭のようなもの」

と話します。脳なくしては、あらゆる活動ができないため、私たちは脳のつくり出した繭のような「現実」から決して外に出ることはできません。私たちの生きる「現実」について、改めて深く考えさせられる定義をお伺いすることができました。

それぞれ異なる定義をお伺いし、参加者自身が「現実とは」について思いを馳せたところで、本日の鼎談は幕を閉じました。