現実科学レクチャーシリーズ

Vol.21 豊田啓介先生レクチャー(2022/3/17開催)

デジタルハリウッド大学と現実科学ラボがお届けする「現実科学ラボ・レクチャーシリーズ」。

「現実を科学し、ゆたかにする」をテーマに、デジタルハリウッド大学大学院 藤井直敬卓越教授がホストになって各界有識者をお招きし、お話を伺うレクチャー+ディスカッションのトークイベントです。

第21回になる今回は、第6回にご登壇いただいた建築家の豊田啓介氏を再びお招きいたします。前回のご登壇から1年が過ぎ、ご自身の考える「現実」はどのように変わったのでしょうか。また、現在進行中のデジタルハリウッド大学バーチャルキャンパス構想に関して、建築情報学的かつ現実科学的に議論します。

Twitterのハッシュタグは「#現実とは」です。ぜひ、みなさんにとっての「現実」もシェアしてください。

概要

  • 開催日時: 2022年3月17日(木) 19:30〜21:00
  • 参加費用:無料
  • 参加方法: Peatixページより、参加登録ください。お申込み後、Zoomの視聴用リンクをお送りいたします。
    視聴専用のセミナーになるので、お客様のカメラとマイクはオフのまま、気軽にご参加頂けます。

ご注意事項

  • 当日の内容によって、最大30分延長する可能性がございます。(ご都合の良い時間に入退出いただけます。)
  • 内容は予期なく変更となる可能性がございます。
  • ウェビナーの内容は録画させて頂きます。

プログラム(90分)

  • はじめに
  • 現実科学とは:藤井直敬
  • ゲストトーク:豊田啓介氏
  • 対談:豊田啓介氏 × 藤井直敬
  • Q&A

登壇者

藤井直敬

藤井 直敬

医学博士/脳科学者
株式会社ハコスコ 代表取締役
東北大学特任教授/デジタルハリウッド大学大学院 卓越教授
一般社団法人 XRコンソーシアム代表理事
東北大学医学部卒業、同大大学院にて博士号取得。1998年よりマサチューセッツ工科大学(MIT)McGovern Institute 研究員。2004年より理化学研究所脳科学総合研究センター所属、適応知性研究チームリーダー他。2014年に株式会社ハコスコを創業。
主要研究テーマは、BMI、現実科学、社会的脳機能の解明など。

豊田 啓介氏

豊田 啓介

東京大学 生産技術研究所 特任教授、建築家
1972年、千葉県出身。1996~2000年、安藤忠雄建築研究所。2002~2006年、SHoP Architects(ニューヨーク)を経て、2007年より東京と台北をベースにnoiz を蔡佳萱と設立、2016年に酒井康介が加わる。2020年、ワルシャワ(ヨーロッパ)事務所設立。2017年、「建築・都市×テック×ビジネス」がテーマの域横断型プラットフォーム gluonを金田充弘と設立。2025年大阪・関西国際博覧会 誘致会場計画アドバイザー(2017年~2018年)。建築情報学会副会長(2020年~)。大阪コモングラウンド・リビングラボ(2020年)。2021年より東京大学生産技術研究所特任教授。

共催

現実科学ラボ
REPORT

現実とデジタルの世界が、境目なくつながった先にあるもの

豊田さんは現在、「東京大学 生産技術研究所 特任教授」と「建築家」という2つの肩書を持ちながら、デジタル技術を活用した3次元に限定しない建築のかたちを探り続けています。現在はまだデジタル空間も現実空間もそれぞれが独立して存在していますが、豊田さんは建築家の観点から、両方の空間がシームレスにつながる世界を実現できるのではと考えているそうです。

現実空間とデジタル空間がシームレスにつながる世界。豊田さんの研究の中で最も分かりやすい事例が「ゲームエンジンで設計した一軒家」です。CAD等で設計したデータは設計のみの活用に閉じていますが、ゲームエンジンで設計した3Dデータはさまざまな形で活用することができます。自宅のデータを舞台としたシューティングゲームなど、現実とデジタルの境目がない活用もできるようになるのです。

そのような世界を実現するには、現実空間とデジタル空間の持つ情報に「共通基盤」を作ることが必要不可欠だと豊田さんは語ります。なぜなら、デジタルの世界を自由に動き回れるARアバターやVRキャラクターといった「NHA(Non-Human Agent)」は、現実空間をうまく認識できないからです。現実世界とデジタル世界が常にリンクして同じ状態になっていれば、NHAが実空間を自律的に動くことも可能になります。

物理空間と情報空間の相互認識の方向性 @noiz

豊田さんはいずれ、現実空間に物理的な身体があることが重要ではなくなり、「現実世界とデジタル世界」「人間とアバター」の境界がもっと曖昧になる時代がくると予測しています。そのような時代になれば、障害や病気を持つ子どもがロボットアバターを通して学校に通えるといった、真の意味で多様な人が生きやすい社会に変わっていけるかもしれません。

豊田さんは今、「空間や時間を記述する領域の境界や関係性を体系化する研究」を行いながら、物理空間の情報をデジタル空間にスキャンして移送し、デジタル空間の動きや情報を物理空間に還元する『コモングラウンドプラットフォーム(CGPF)の世界』を構想しています。

次世代のスタンダードは、現実×デジタルの中に

豊田さんのゲストトークが終わった後、2022年4月からデジタルハリウッド大学大学院の教授に着任される谷川じゅんじさんも交えながら対談が行われました。

さまざまな生活領域の空間デザインを手がける谷川さんにとっては、空間のナラティブ(物語性)に着目しながら豊田さんのお話を聞いていたといいます。豊田さんも自身の研究を進める中で「現実とデジタルの世界を融合する上では、ナラティブなデザインを避けては通れない」と考えており、「高次元なナラティブをどのように表現したらいいか、建築家として楽しみでもあり、プレッシャーでもある」と語りました。

藤井教授はその話を受け、全ての人が異なる現実を生きている中で、建築はどのように人の生活の中にある物語を作っていくべきなのか問いかけます。

谷川じゅんじさん

谷川さんは「デジタルの世界では必要以上の情報がそぎ落とされてしまいがちだが、実はその『必要以上の情報の部分=余白』で私たちは『場の定義』を行っている」とした上で、「デジタルと現実の世界を融合させるなら、この『余白』を大切にすることでより面白い広がり方をするのではないか」と1つの視点を投げかけました。

「現実空間のデータ化を検討すると、物体の束ねる情報量の多さに圧倒され、それらを処理している人間の能力の高さを実感する。今の科学ではそのような膨大な情報量を処理しきれない」と、豊田さん。現実とデジタルがリンクできるような情報量の匙加減を探っているのだといいます。

谷川さんは「リアルとデジタルの世界に起きるさまざまな作用の組み合わせの中に、次の時代のスタンダードがあるのかもしれない」と語り、豊田さんの講演内容を振り返りました。

現実世界の情報量と身体性を、
デジタル空間にどう再現できるか

続いて、豊田さんと谷川さん、藤井教授が参加している『バーチャルキャンパスプロジェクト』について対談が行われました。

豊田さんはDHUというプラットフォームを活かしながら、新たな大学教育の場づくりを行うことに可能性を感じており、「ブレストだけで終わらせてはいけないと思っている」といいます。

谷川じゅんじさん

藤井教授が「長く居られる場づくりをバーチャルキャンパスに落とし込むとどうなるのか」と問いかけると、谷川さんはデジタル田園都市構想の中で考えられている“顔認証でデジタルサービスが利用できる世界”を例に挙げながら「情報の身体性がカギになるのではないか。デバイスも人側の情報感度も変化する中で、新しいプラットフォームがどのようなものになるかが重要な要素だ」と答えました。

豊田 啓介

谷川さんの話を受け、豊田さんは「身体性の束ねる情報が強いため、場所や時間を限定することで大きな価値が生まれる」とし、「バーチャルキャンパスをつくる上では時間や場所を限定する良さだけでなく、それらをシームレスに開放した先にある可能性と教育効果を探っていきたい」と語ります。

谷川さんが「現実空間で起こるセレンディピティに近い経験をいかにデジタルの世界でも起こせるかを考えることで、よりおもしろい世界をつくれるのではないか」と新たな視点を投げかけると、豊田さんは「人間は高次元の情報を無意識で処理しており、そのような現実世界の高次元の情報をデジタルの世界にどれだけ再現できるかがカギになるのかもしれない」と考察しました。

藤井 直敬

藤井教授からも「デジタルの世界はデザインする側が意識できる情報しか入れないために、どうしても浅くなってしまう。知らないところから多くの情報をデジタル世界に持ち込めるインターフェイスが必要なのかもしれない」という考察が得られました。

バーチャルキャンパスプロジェクトについて、谷川さんは「今後の日本が直面する課題も視野に入れて、新しい物差しづくりにポジティブに挑戦していきたい」と語り、豊田さんも「デジタル技術が進歩すれば、より多くの人が物語のあるデザインを高次元で行えるようになる。さまざまな人を取り残さない『場づくり』が大切だ」と話し、3名の鼎談を終えました。

豊田さんにとっての「現実」とは?

最後に、豊田さんにとっての「現実とは何か」をお伺いしました。

豊田 啓介

前回の登壇から1年以上を経て、現在の豊田さんは現実の定義を

「あらゆる不確実な情報の総体」

だと語りました。
絶対的な現実はなく、人それぞれ体験した世界が多元的に広がっている。それこそが現実なのだと語り、第21回現実科学ラボ・レクチャーシリーズの幕を閉じました。