現実科学レクチャーシリーズ

Vol.14:森達也先生レクチャー(2021/7/21 開催)

現実科学ラボでは、各分野で活躍している専門家を招き、共に「現実とは?」について考えていくレクチャーシリーズを2020年6月より毎月開催しています。

第12回となる今回は、2021年7月21日、映画監督・作家・明治大学特任教授の森達也さんをお迎えしました。本記事では、当日の簡単なレポートをお届けします。

現実科学ラボレクチャーシリーズvol.14 森達也氏

当日のオンラインホワイトボード

【登壇者】

森達也氏

森達也氏
映画監督・作家・明治大学特任教授
広島県呉市生まれ。95年の地下鉄サリン事件発生後、オウム真理教広報副部長であった荒木浩と他のオウム信者たちを被写体とするテレビ・ドキュメンタリーの撮影を始めるが、手法をめぐって意見が合わず、所属する制作会社から契約解除を通告される。最終的に作品は、『A』のタイトルで98年に劇場公開され、さらにベルリン国際映画祭など多数の海外映画祭でも上映され世界的に大きな話題となった。99年にはテレビ・ドキュメンタリー「放送禁止歌」を発表。2001年には映画『A2』を公開、山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。11年には東日本大震災後の被災地で撮影された『311』を綿井健陽、松林要樹、安岡卓治と共同監督し、賛否両論を巻き起こした。16年には、ゴーストライター騒動をテーマとする『Fake』を発表した。
著作に、「放送禁止歌」(光文社/智恵の森文庫)、「下山事件(シモヤマ・ケース)」(新潮社)、「僕のお父さんは東電社員です」(現代書館)、「オカルト」「クォン・デ」(角川書店)、「A3」(集英社インターナショナル)、「死刑のある国ニッポン」(河出文庫)、長編小説作品「チャンキ」(新潮社)、「すべての戦争は自衛から始まる」(講談社文庫)、「U 相模原に現れた世界の憂鬱な断面 (講談社現代新書)」などがある。
2019年11月、ジャーナリズムをテーマにした映画『ⅰ~新聞記者ドキュメント』を公開。

藤井直敬

藤井直敬
医学博士/脳科学者
株式会社ハコスコ 代表取締役
東北大学特任教授/デジタルハリウッド大学大学院 教授
一般社団法人 XRコンソーシアム代表理事
東北大学医学部卒業、同大大学院にて博士号取得。1998年よりマサチューセッツ工科大学(MIT)McGovern Institute 研究員。2004年より理化学研究所脳科学総合研究センター所属、適応知性研究チームリーダー他。2014年に株式会社ハコスコを創業。
主要研究テーマは、BMI、現実科学、社会的脳機能の解明など。

【共催】

デジタルハリウッド大学

現実科学ラボ・レクチャーシリーズは、デジタルハリウッド大学さまの提供でお届けしています。

これまで森さんが手がけた作品例

映画『A2 完全版』。オウム真理教徒が引き起こした地下鉄サリン事件に関する自主制作のドキュメンタリー『A』(1998年)の続編。

映画『FAKE』予告編。『FAKE』は2014年に「ゴーストライター騒動」で話題になった佐村河内守を、騒動後に追ったドキュメンタリー映画。

1/0化される真実

先に紹介した二つの作品に共通しているのは、「真実は1か0ではない、グラデーションである」ということ。マスメディアの報道では、情報が「四捨五入」されやすいと森さんは語ります。全か無か、善か悪か、右か左か。なぜなら、その方がわかりやすいから。

佐村河内さんの難聴も、実際は「全く何も聴こえない」というわけではない。さらには、体調や相手との口話の相性などによってそのコミュニケーション能力は大きく変わるのだそう。本当はグラデーション状にさまざまな状態を取っている現象が、特定の1シーンを切り取ることで1か0かであるように演出されてしまっているのです。

森さんは、こうした報道がなされる根本的な原因が、「わかりやすい」情報を求めてしまう社会にあるのではないかと指摘します。営利企業であるマスメディアに、視聴者が求めるものに応えざるを得ない側面があるのは、仕方のないこと。マスメディアの報道の質を変えていくには、社会の側を変えていく必要があるのかもしれません。

100人いたら100通りの真実が

ドキュメンタリーは「脚色をしない、現実を切り取った映像作品」と説明されることがあります。森さんはこれを「作為がなければ作品は成立しない。しかも映像は現実を切り取ったフレームでしかない」と痛烈に批判します。

たとえ同じ人、同じ事件を目の当たりにしているのだとしても、撮影者が違ったら全く異なる切り取り方が生まれる。ドキュメンタリーは、あくまでも「制作者が見た現実」である。「真実は一つではない」と森さんは語ります。

語りすぎないこと

藤井さんは、自身が創業した株式会社ハコスコの事業で全天球(360°)動画を扱った経験から、360°動画を制作する難しさについて語りました。その最たるものが、フレーム(切り取り)が存在しないために、視聴者に見せるものを制作者がコントロールできないこと。メディアに載せられる情報が豊かになった一方で、既存の2Dメディアの方が便利だと感じる場面も少なくないのだそう。

これに対して森さんは「情報を引き算するメディアの方が、メッセージが深いところまで届きやすい」と語ります。懇切丁寧に説明するのではなく、情報を削ぎ落とすことで部分的にしか提示しない。

こうした提示方法を採用したコンテンツでは、視聴者自身がメッセージを読み解くためにアクティブに働きかける必要があります。中にはメッセージを読み解くことができずに脱落してしまう視聴者もいるかもしれません。それでも、メッセージを深く届けるためにはその方が良いと森さんは自信を持って語ります。

「作品を作るということは、次元を落とすことなのかもしれません」

森さんにとって、現実とは

自分の、見たい、聞きたい、思いたい、願望に即した形で現実を加工しながら、脳に再現された世界が、僕の現実です。