現実科学レクチャーシリーズ

Vol.42 吉富愛望アビガイル先生レクチャー(2023/12/15開催)

デジタルハリウッド大学と現実科学ラボがお届けする「現実科学 レクチャーシリーズ」。

「現実を科学し、ゆたかにする」をテーマに、デジタルハリウッド大学大学院 藤井直敬卓越教授がホストになって各界有識者をお招きし、お話を伺うレクチャー+ディスカッションのトークイベントです。

X(旧Twitter)のハッシュタグは「#現実とは」です。ぜひ、みなさんにとっての「現実」もシェアしてください。

概要

  • 開催日時:2023年12月15日(金)19:30~21:00
  • 参加費用:無料
  • 参加方法: Peatixページより、参加登録ください。お申込み後、Zoomの視聴用リンクをお送りいたします。
    視聴専用のセミナーになりますので、お客様のカメラとマイクはオフのまま、お気軽にご参加いただけます。

ご注意事項

  • 当日の内容によって、最大30分延長する可能性がございます。(ご都合の良い時間に入退出いただけます。)
  • 内容は予期なく変更となる可能性がございます。
  • ウェビナーの内容は録画させていただきます。

プログラム(90分)

  • はじめに
  • 現実科学とは:藤井直敬
  • ゲストトーク:吉富愛望アビガイル
  • 対談:吉富愛望アビガイル氏× 藤井直敬
  • Q&A

登壇者

吉富愛望アビガイル

イスラエル出身・日本育ち。早稲田大学と東京大学大学院(中退)にて物理学を専攻後は一貫して新興産業の育成や、育成に不可欠なルール形成に関わる活動を行う。2017年10月より新興産業育成のエコシステム形成の観点・ルール形成の観点で、暗号資産に関わるスタートアップ企業にて海外案件のプロジェクトマネジメントに従事。2019 年ー2022年11月にて日本の食産業の育成や、食料自給率向上という安全保障の側面から、細胞食品のルール形成を行う細胞農業研究会の運営に参画。2022年12月にて一般社団法人細胞農業研究機構(JACA)を設立し、代表理事に就任。Forbes Japan “30 Under 30” 「世界を変える「30歳未満の30人」2020 の “Law and Policy” 部門受賞。農林水産省のフードテック官民協議会細胞農業WT事務局長や、経済産業省の産業構造審議会に設置されているバイオものづくり革命推進WG委員も務める。

ウェブサイト:https://www.jaca.jp/
SNS:https://twitter.com/AvigailMegumi

藤井 直敬

株式会社ハコスコ 取締役 CTO
医学博士/XRコンソーシアム代表理事
ブレインテックコンソーシアム代表理事
東北大学医学部特任教授
デジタルハリウッド大学 大学院卓越教授
MIT研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター チームリーダーを経て、2014年株式会社ハコスコ創業。主要研究テーマは、現実科学、適応知性、社会的脳機能の解明。

共催

現実科学ラボ
REPORT

本稿では、当日のトークの一部を再構成してお届けします。

現実科学的な世界観と社会の変化

藤井 最初に、現実科学とはなんだという、いつものお話をさせていただきます。2018年に僕がデジタルハリウッド大学に参加して、その時に「現実とはどうしてこんなにもろいのか」ということを考えるようになりました。

それまで、僕は科学的世界観の中で生きていたんですね。全ての人に共通で、物理的な、基底現実です。一方、ナイーブな生き物である人間は科学的な世界観の中だけでは生きていない。無意識が作る色々なもの、空想や幻覚と呼ばれるようなものも、見たり聞いたりしています。さらに今は、その外側に人工的な現実というものが基底現実と区別がつかないレベルで混ざってきている。

以前の世界であれば土地や石油など限られたリソースを奪い合うしかなかったのが、無尽蔵の想像力と、無尽蔵のデジタル情報の世界になっていく。そういう世界の中で生きていくのであれば、社会も変わらなくてはいけません。

今日は、新しいテクノロジーと社会の仕組みづくりに携わっている吉富愛望アビガイルさんをお招きしましたので、ここからは吉富さんにお話を伺おうと思います。

「細胞性食品」ってなんのこと?

吉富 よろしくお願いいたします。私は一般社団法人細胞農業研究機構(JACA)を運営しております。そこでは、最近注目が高まっている細胞性食品を取り巻くルールはどうあるべきか?ということを議論したり、政策提言などを行ったりしています。

細胞性食品は、動物の肉や魚、植物などの細胞に直接栄養を与えて増やしていくというもので、新しい食料資源として注目されています。メディアの方はよく「培養肉」と言いますが、私たちや行政、省庁は「細胞性食品」と呼んでいます。

細胞を原料としつつ、大豆ミートなどの植物性代替肉と掛け合わせてハンバーグであったり、チキンナゲットであったりを作るというのが今は一般的です。新しい生産方法ということもあって、まだアメリカとシンガポールでしか販売は開始されておりません。

細胞性食品の作り方

吉富 細胞性食品を作るには、生きた細胞を使います。そのため、スーパーなどで流通しているようなお肉から細胞を取ることはできません。増えやすい細胞が良いので、比較的若めの細胞を使うことが多いです。

このタネとなる細胞を、「培地」といって細胞に栄養を与える、エネルギー源になる液体の中で増やします。この液体には、アミノ酸やグルコースの他に、細胞を増えやすくするように環境を整える「成長因子」と呼ばれるものも使います。これを、ヨーグルトやビールを製造するような機械、培養装置の中で増やしていきます。

実は、細胞を増やしてお肉を作ろうという技術は、もともと再生医療の領域から来ています。皆さんも、体に傷がつくと修復されますよね。この時の、体の中で細胞が増えていく働きを体の外で再現しましょうというのが、細胞性食品の考え方になります。そのため開発段階では、食品グレードではない、医療グレードのものを成長因子として使っていました。最近では、これを食品由来のものや、動物性でないものに置き換えていこうという動きも進んでいます。

よく誤解されますが、ある部位がそのまま増えていくというわけではありません。筋肉の細胞は筋肉の細胞、脂肪の細胞は脂肪の細胞で増やしていって、最後に増やした細胞から培養液を洗い流して、形を作って食品にしていく、というのが現在主流となっているおおまかなプロセスです。

気になるお味は?

吉富 味についてもよく聞かれます。食感の特徴としては、魚の切り身やステーキのようなものよりも、ナゲットやハンバーグといった挽肉ベースの“組織”が無いもののほうが、従来の食品と似たような食経験を得られると思います。

面白いなと思ったのは、血っぽい、生臭い香りというのが全然ないんですね。お寿司を作っている会社さんにそのお話をしたら、欧米ではお刺身が生臭いと食べたくないという人が多いので、あえて入れていないんだということもおっしゃっていました。ですので、味付けに関しては、国ごとのカスタマイズが必要なんだという風に思います。

栄養素については、一部の会社についてはすでにFDA(アメリカ食品医薬品局)で公開されているんですけれども、従来のお肉と高い類似性がある、という結果が出ています。

細胞農業のおもしろさ

吉富 細胞性食品を生産することを「細胞農業」といいますが、個人的に細胞農業を面白いと感じている点が3つあります。

ひとつ目は、細胞というものに、新しい価値が見出されていること。美味しくて増えやすい、優秀な細胞に価値がつくと、生産者さんが収益を得る新しい機会が生まれるのではないかと思っています。

ふたつ目は、細胞を増やすプロセスに再生医療領域のノウハウが使えますので、再生医療分野で著名な研究者が多くいる日本にとって伸び代があるのではないか、という点。そしてみっつ目が、食の多様化が進む中で、日本の「安全安心」取組への実績や、世界的に人気の高い食文化を持っているというプレゼンスが、うまく活かせるのではないか、ということです。

日本と世界の開発ステージの差

吉富 各国では細胞性食品とどのように向き合っているのかも簡単にご紹介します。先ほどもお伝えしたように、シンガポールとアメリカでは産業の育成に非常に力を入れています。またイスラエルは、細胞性食品の領域に投入されている投資額の2016年から2022年の累計は22%を占めていると言われるほど、この分野に注目しています。食料自給率の維持や向上のためというのが、その理由です。

では日本はどうかというと、まだまだですね。ただ、農水省がフードテック推進ビジョンの中で細胞性食品のロードマップを公開したり、経産省がバイオテクノロジー推進の一環で補助金を一部に入れていたり、厚生労働省が細胞性食品のハザードについての情報収集を開始したりしています。

まだ細胞性食品が将来どうなるか、わからないことも多いんですけれども、いろんな国や、大手グローバル企業が投資をしている、という状況です。ですが、この領域では日本の強みが絶対に活きると思っていますので、細胞が価値を持つという新しい経済が生まれた時に、一次生産者の方々にもきちんと収益が還元される仕組みを作らなくてはいけません。

将来的な市場規模やコスト、環境負荷は?

吉富 細胞性食品は、将来的にいくらぐらいで売れるんですか?ということもよく聞かれます。2030年に1kgあたり6.4ドルの生産コストになるという調査結果もありますが、非常に高価な再生医療の技術を使っているので、そこまでコスト削減できないんじゃないか、という意見もあります。市場規模の展望も、考える人によってかなり違っているという状況です。

環境負荷については、動物を丸々1頭育てるよりも、細胞に直接栄養を与えて増やしていくので、資源を効率的に活用できるというのが通説になっています。たしかに、動物に餌を与えても、それがそのまま全部お肉になるわけではありませんので。ただし、成長因子のコストダウンがどれほど進むのか、環境コストが高い医療グレードのものをどう置き換えていくのか、というのが課題です。

また、培養には電力を使用しますので、その電力がどこからくるのかによっても、かなり環境アセスメントの結果が変わってきます。

ルールをめぐる「両すくみ」状態

吉富 この領域は、フードテックの狭い分野の話にはとどまりません。新しい技術が花ひらけば、ものすごく大きな社会的にインパクトになります。その分、不確実性も高いのですが、国として、産業として、消費者として、どう向き合っていくのかというケーススタディとして私は見ています。

海外では、このようにルールがない領域をチャンスととらえて、ルールができる前にやってしまおう、という事業者さんが多い印象です。一方、日本国内では、ルールがないのであれば、行政に状況を整理して欲しいという企業さんが多いです。グレーゾーンを自社都合で突っ走らないという意味では良いとは思うんですけれども。

ただ行政側からすると、産業界から具体的なニーズや開発物が出てこないと、なかなかルールに落とし込むことができません。ルールが先か、ものが先かということで、議論が進まず「両すくみ」の状態が続いているのが課題です。

細胞農業研究機構(JACA)が果たしていく役割

吉富 ですので、JACAとしては、国際的にどのような議論になっているのか情報提供をしたり、行政と産業界のやりとりで具体的に行き詰まっている部分をひとつひとつ分解したりと、国内の議論をスムーズに進むようにサポートする役割を担っています。

具体的には、研究組織として、政策提言を行ったり、業界ガイドラインを作ったり、業界内での意見交換の取りまとめをしたり、ですね。また、情報発信も重要です。このような新しい領域では、開発が進んでいる国どうしで国際ルールが議論されていきます。そうなった時に、日本が蚊帳の外にならないように、「日本ではこういう議論を行なっています」「こういう動きがあります」というのを、きちんと英訳して海外に伝えていかなくてはなりません。

こういったことに取り組みながら、光る技術を持つ国内企業さんの強みが国際市場で生きるように、ルールメイキングの活動をしています。私からのお話は以上です。

ルール作りに貢献することでリードを取れる

藤井 ありがとうございます。吉富さんがなぜJACAを始めたのかというバックグラウンドについて、もしよかったら簡単に説明していただけますか?

吉富 実は私、細胞性食品に特別関心があったわけではなくて。ルールメイキングの方に関心があったんですね。もともと、新しい技術そのものにも関心があった方なんですけれど、その新しい技術を育成するのにルールが大事だなっていうことに気がついたのが、社会人になって最初に入ったブロックチェーンの業界で。

ちょうどその頃、日本が世界で初めて暗号資産に対するルールを定めたことによって、日本でビジネスをしたいという企業が世界中から集まってきて、ヒト・モノ・カネ、そして情報ですね、その流れが日本にものすごく入ってきて。新しい領域できちんとルール作り、前例作りに貢献することでリードを取れるんだなということに気づいてから、とても関心を持つようになりました。

藤井 なるほど。それでルールメイキングが興味の中心にあって、ルールがまだできていない新しい領域で、しかも社会にインパクトを与えられるもの探していたら、見つけたのが細胞性食品だったんですね。

吉富 そうです。偶然でしたね。社会人をしながらルールメイキングについて教えている大学に通っていて、その中で細胞性食品の業界ガイドラインを作るプロジェクトチームが立ち上がるということで。立ち上げメンバーをやったのがきっかけです。

日本はどのように世界に貢献できるか

藤井 先ほど、日本はまだ世界的に見ると遅れているということだったんですけれども、日本がリードするとそれが世界基準になっていく、という可能性はあるんですか?

吉富 安全性や食品表示に関しては正直、難しいところがあると思います。おおもとの考え方は同じかもしれないんですけれど、やっぱり実務的なルールは国によって結構違うところが多いので。

ただ個人的には、それよりも先の、細胞農業が大きな市場に伸びてきた時のルールでは日本がリードできる可能性があると思っています。日本って、ブランド食材をいっぱい持っているので。細胞の管理とか、生産者さんへの収益のあり方とか、権利者の考え方とかですね、そのブランド食材がきちんと取り扱われるためのルール作りを日本が発信すると、世界的にも説得力があると思います。ルールメイキングって、その国が説得力をもっているかがすごく大事なので。

藤井 そこで上手い形を作るっていうのが、きっと吉富さんのやりたいことなんですね。具体的に、どういうプロセスを経ると、そこまでいける可能性があるんでしょうか。

吉富 まずはきちんと国内で生産できるようにするのが大事だと思います。

強みを活かせないのはもったいない

藤井 国内でマーケットを作って、受け入れられている状態を作るのが大事ということですね。そのためには、今いちばん進んでいるアメリカやシンガポールに追いつかなければいけない。

吉富 国として、細胞農業に対してこういう方針を考えています、という風に発表するだけでも良いんです。日本でも販売の可能性があれば、日本の事業者や業界団体に対して、情報共有の機会も増えてきます。世界で開発を進めているのはスタートアップ企業がメインで、皆さん日々忙しいので、あえて日本に時間を割く理由はこちら側で作らなくてはいけません。その意味合いもあって、国内の議論状況はなるべく海外で発表できるようにしています。

藤井 日本で言うと、お寿司の食文化もあるから。日本人が認めた培養の魚介、なんてプラスになる気がするなあ。

吉富 和牛とか、お肉の分野でも存在感ありますから。その日本の強みにも関わるような領域で、議論に乗り遅れてしまうのはあまりにも勿体ないと思っています。日本のブランド食材がタネとして細胞性食品に使われていった場合に、価値が流出してしまうと、本当に取り返しがつかないと思うんです。

あとは、何の種類のどこの部位の細胞がいいとか、温度とか、培地の組成とか、いわゆる「レシピ」ですね。和牛の味に近づけるようなレシピを海外の人にとられてしまうと、非常に勿体ない、悔しいなと。日本がちゃんとリスペクトされるような状況にしたいですし、そのためには日本の中でもきちんとデータを蓄積していかなければいけないですね。

新しい社会の仕組みが新しいものを生み出す

藤井 今回、ずっと話をしていて、新しい社会の仕組みを作らないと、新しいことは生み出せないんだろうなと思いました。生み出すことはできるかもしれないけど、社会の中で受け入れてもらえないし、継続できないということなんだなと。

やっぱり、細胞性食品は天然の牛や魚を超えるものにはならないんですかね?

吉富 そう思います。それよりも、細胞性食品にしかできないことをやった方がいいなと思っています。

藤井 細胞農業なんて、僕が子供の頃にはSFでしかなかったし、言葉すら存在しなかったのに、もう社会の中に実装されつつある技術だから面白いですね。食べる・食べないは別にして。

吉富 最近では解体されてきれいに整えられ、パック詰めでスーパーに並んでいるお肉しか知らない人が多いので、命をいただいて食べているんだという実感が薄れているかもしれません。でも、命をいただかなくても動物性タンパク質をちゃんと摂取できるんだったら、そっちの方がいいんじゃないか、っていう人も出てくるかもしれないと思っています。

動物愛護を訴えてきた方や、ヴィーガンの方が社長として技術開発をしている細胞性食品の企業も多いので。消費者の価値観って今後もどんどん変わっていくと思いますし、そうなった時の新しい選択肢になっていければいいなと思います。

宗教的、思想的なものとの整合性

藤井 受講されている方からの質問で、「聖書に記載がないとしてクジラを忌避するような文化において、細胞性食品はどのような思考の道筋で受け入れられると思いますか?」と。クジラに限らずですが、宗教的なものとの整合性はいかがでしょうか。

吉富 私も個別の宗教食に詳しいわけではないのですが、例えば、ユダヤ教ではコーシャという基準があるんですね。そこに関しては、コーシャ料理の領域で権威を持っている方がきちんと分析をされて、お考えを発表されるのが一番かなと思っています。

これは本当に、開発者が自分の都合よく決めるものではなくて、宗教のお考えを理解されている方に解釈していただくことが大事で。地域によっても考え方や、支持者の多い認定組織が違いますので、そこできちんと分析されて考えを発表するという工程が必要になってくると思います。

藤井 なるほど。まあ、それは間に宗教がはさまっているというだけで、なくても結局は同じですよね。そこを国がやるのか、他の団体がやるのかということかと思いました。

吉富 あとは個人の思想ですね。どういう思想を持って食べるのかということなので、本当に個人の自由だとは思いますね。

吉富さんにとっての「#現実とは」

藤井 最後に、今新しい世界を作っている吉富さんにとって、現実とはなんですか?

吉富 そうですね。私の中では、現実は3分類あると思っています。ひとつは「すごく難しいワクワクするような問い」、ふたつ目が「他の人と共有できるような喜び」、みっつ目が「その他」です。

私は、前者の二つ。問いがあることの喜びと、それを解決できることの喜び。また他の人と共感しながら、点と点をつないで新しいことを発見していけるような喜びの中で、なるべく生きたいなと思っています。

藤井 ああ、いいですね。ありがとうございます。

(テキスト:ヨシムラマリ)