現実科学レクチャーシリーズ

Vol.26 谷川じゅんじ先生レクチャー(2022/8/26開催)

デジタルハリウッド大学と現実科学ラボがお届けする「現実科学 レクチャーシリーズ」。

「現実を科学し、ゆたかにする」をテーマに、デジタルハリウッド大学大学院 藤井直敬卓越教授がホストになって各界有識者をお招きし、お話を伺うレクチャー+ディスカッションのトークイベントです。

Twitterのハッシュタグは「#現実とは」です。ぜひ、みなさんにとっての「現実」もシェアしてください。

概要

  • 開催日時:2022年8月26日(金) 19:30〜21:00
  • 参加費用:無料
  • 参加方法: Peatixページより、参加登録ください。お申込み後、Zoomの視聴用リンクをお送りいたします。
    視聴専用のセミナーになるので、お客様のカメラとマイクはオフのまま、気軽にご参加頂けます。

ご注意事項

  • 当日の内容によって、最大30分延長する可能性がございます。(ご都合の良い時間に入退出いただけます。)
  • 内容は予期なく変更となる可能性がございます。
  • ウェビナーの内容は録画させて頂きます。

プログラム(90分)

  • はじめに
  • 現実科学とは:藤井直敬
  • ゲストトーク:谷川じゅんじ
  • 対談:谷川じゅんじ氏 × 藤井直敬
  • Q&A

登壇者

谷川 じゅんじ

スペースコンポーザー・JTQ株式会社代表取締役
デジタルハリウッド大学大学院 教授
2002年、空間クリエイティブカンパニー・JTQを設立。“空間をメディアにしたメッセージの伝達”をテーマに、さまざまなイベント・商空間開発・都市活性化事業・地方活性化プログラム・企業ブランディング等を手掛ける。独自の空間開発メソッド「スペースコンポーズ」を提唱、環境と状況の組み合わせによるエクスペリエンスデザインは多方面から注目を集めている。2016年CCCグループに参画。2020年 CCCマーケティング チーフクリエイティブオフィサー(CCO)就任。現在、一般社団法人Media Ambition Tokyo代表理事、一般社団法人dialogue副代表理事(会津若松市)、スマートシティ会津若松アドバイザー、前橋スマートシティアーキテクトを務める。

藤井直敬

藤井 直敬

医学博士/ハコスコ 代表取締役 CSO(最高科学責任者)
XRコンソーシアム代表理事、ブレインテックコンソーシアム代表理事
東北大学医学部特任教授、デジタルハリウッド大学学長補佐兼大学院卓越教授
1998年よりMIT研究員。2004年より理化学研究所脳科学総合研究センター副チームリーダー。2008年より同センターチームリーダー。2014年株式会社ハコスコ創業。
主要研究テーマは、現実科学、適応知性および社会的脳機能解明。

共催

現実科学ラボ
REPORT​

空間デザイン・街づくりで意識する「3つの軸」

今回の現実科学レクチャーシリーズは、デジタルハリウッド大学大学院 谷川じゅんじ教授に登壇いただきました。

谷川教授の仕事は、イベント会場や店舗、街などの人々が集う空間を、経験やコミュニケーションまで含めてデザインすることです。「空間をメディアにしたメッセージの伝達」をテーマに、およそ20年にわたって数多くの空間デザインを手がけてきました。谷川教授が「場」をつくるときに意識するのは、「空間・時間・人間」の3軸。これらの軸や要素をかけ合わせ、化学変化によってどのように次の価値をつくり出すかということを考え続けてきたのだそうです。

これまでは期間限定のプロジェクトが多かったという谷川教授ですが、最近は「街づくり」や「地域活性化」に関する仕事が増え、次世代チームに引き継ぐことになる数十年単位での仕事も増えてきたといいます。

そのような長期にわたる仕事では、1つの空間をコンテンツ的に仕上げるのではなく、次世代にコンテクストを受け継いでいくためのストーリー醸成を考えることが大切だと谷川教授は語ります。そのためにも、空間デザインで意識してきた「空間・時間・人間」の3軸を、さらに発展させて「地域・時代・文化」へと変換し、次の時代につながるような持続性の高い提案を意識しているそうです。

街づくりから見えてくる社会構造と時代の変化

次世代を見すえて街づくりに携わるとき、例えば「超少子高齢化社会の到来」といった日本の課題は無視できません。

社会課題が顕在化し、社会構造も変化しつつある中で、どのような取り組みを行っていくのかが大切だと谷川教授は語ります。

実際、社会構造の変化について考えてみると、コロナ禍をきっかけとしてこの数年で人々の暮らしは一変しました。

また、国づくりの指標も近年大きく変わりつつあります。かつては「GDP(国内総生産)」によって、客観的に物質量の豊かさを評価していたのに対し、現在は「SDGs(持続可能な開発目標)」が2030年までの指標となっています。さらには「GDW(国内総充実)」という指標も生まれ、2030年以降は「一人ひとりが心豊かに生きる」という観点から社会をデザインする動きが出てきているといいます。

谷川教授は「現在は社会全体を再デザイン、グレートリセットしている時代だと思う」と述べ、現在起こっている時代の変化を下記のようにまとめました。

これまでの暮らしは「ひと・モノ・カネ」が軸として成り立っていましたが、現在は「ひと・場所・知恵」を軸として、コロナ禍で変化したさまざまな価値観をもとに次世代への新しい扉を開くときなのだと谷川教授は話します。

そのように社会構造が変わりつつある中で、都市も再デザインされています。国の提唱する「デジタル田園都市国家構想」もそのひとつ。デジタルによって地域活性化を進め、地方から国全体へとボトムアップを図るべく、各自治体でさまざまな取り組みが行われるようになってきました。そこで大切なのが「日本的共助縁側社会」という考え方です。「縁側」は日本家屋において外でも内でもない曖昧な場所。街も縁側的にデザインし、暮らす人にとってさまざまな場所が居心地の良い場所となりながら、多様な新しい取り組みを地域全体で共有できるようにすることが求められているといいます。

谷川教授はそのような街づくりの事例として、現在実施中の群馬県前橋市での取り組みを紹介しました。

テクノロジーとデータを使い、暮らしがよりあたたかく前向きなものに広がっていく構造を前橋市の中につくろうという取り組みです。

このプロジェクトの中では、人をつなぐための「Digital Green City Lab.」も構想しているといいます。日進月歩で進化する技術を使う主体であり、新しい時代の創出の担い手である「人」に焦点を当て、地域やコミュニティ単位で試行したさまざまなテクノロジーの経験や知見を次の「人」に循環させていく。この取り組みを通じて、ウェルビーイングが育まれるような地域社会の実現を目指しているのだそうです。

ウェルビーイングを高めるために、私たちが取るべき姿勢とは

そして、レクチャーは「ウェルビーイングを高めるために、人はどうあるべきか」という話題に移りました。

ウェルビーイングを高める上では下図の「SPIRE」を学びの手法とし、変わっていく社会とポジティブに向き合うことで、面白い時代をつくっていくヒントとなると谷川教授は語ります。

自己成長しながら新しい時代に向き合う中では、「生きがい探し」も重要です。夢中になれるものを見つけることで、人生100年時代を有意義に生き抜けると考えられます。

また、今後の新しい暮らしを想像する上では「DiGマンダラ」というツールも有効だと谷川教授は話します。

外側の円が「感情」を表し、内側の9つのマスに書かれた言葉を中央の「暮らし」と結びつけることで、新たな暮らしを考える切り口になるそうです。

谷川教授は「時間と空間を飛び越えて新しい価値を生むようなものが、これからさらに出てくるだろう。『現実とは』という問いと向き合うことが、ライフデザインと結びつくのではないかと考えている。その領域で自分がどういう風に世の中の役に立てるのか、掘り下げていきたい」と語り、本日のレクチャーを終えました。

個人の幸福を追求する社会で、多元化する尺度

藤井教授との対談の中では、地域づくり・街づくりに触れながら、今後の社会にとって重要な「幸せの追求」に話が及びました。

谷川教授は幸せは人によって異なるため、フレームに押し込んで幸福度を判定することはできないと語ります。そして、各個人のウェルビーイングを重要視する社会においては、物事を捉える尺度が単純な「0か1か」の世界ではなく、多次元化しているといいます。

藤井教授はその話を受け、「システムが多次元的な尺度をサポートできるようになってきたということだ。物事はシンプルなほうが分かりやすく、社会にインパクトを与えやすくなるが、それでは複雑な世界で生きることは難しい。物事にグラデーションのある社会は希望だ」と語りました。

谷川教授は「地球の長い歴史を1年に置き換えると、人類はまだ3秒程度しか存在していない。この世界のことを解き明かせたような感覚が社会の中にあるが、世界のすべてを網羅したと考えるのはある種のおごりだ」と応答し、私たちの存在は「全体のバランスの中のピースである」と認識することが必要だと意見を述べました。

現代社会における脳と情報の共生について考える

続いて、谷川教授から藤井教授に「現代社会における脳と情報の共生の仕方」について質問がありました。谷川教授は、AIなど昨今のテクノロジーの進歩は目覚ましく、オンライン上の表現は本物とそうでないものの見分けが難しくなっていると話します。

藤井教授はその質問に対し、「これまでは1つの真実があるという前提で生きていればよかったが、意識と無意識、自然現実と人工現実の境界が曖昧になり、主観が乗っ取られる時代が来たときに、どう生きていくのが正しい態度なのかを現実科学ラボでも扱っていきたい。ここに正解はないと思っている」と回答。

谷川教授はその話を受け、哲学的な視点など複数の視点で整理した上で、最終的にはテクノロジーを使用する側のリテラシーが向上し、本物とそうでないものの見極めを直感で行える時代がくるかもしれないと感想を述べました。

悪化する世界情勢。私たちには何ができるのか

藤井教授はさらに、谷川教授のレクチャーを踏まえながら「世界情勢が悪化する中で『SDGs』といった平和を前提とした評価軸が揺らいでいるのかもしれない。そこに対して、私たちはどのようなメッセージを伝えるべきだろうか」と問いかけます。

谷川教授は「物理的に非常に便利になった社会の中で、何も考えずに生きていくこともできるが、まず自分自身の生き方をデザインし直す必要があるのではないか」と回答。

解剖学者の養老孟司さんが語った「人が生きる中で大きな意味を持つのは時間だ」という言葉を引用しながら、死ぬまで流されるまま「命をなくす生き方」をするのではなく、自分の使命と向き合う「命を燃やす生き方」を目指していくことが、人生の満足度や豊かさにつながっていくのではないかと意見を述べました。

そして、「利他的な視点」から一人ひとりがより良い生き方を考えることが重要だとした上で、「メッセージを発信するのではなく、実践する姿を見せることが大切なのではないか」と語りました。

藤井教授はその話を受け、「この社会は先人たちが命を燃やしてつくってきたもの。私たちも命を燃やして社会をつくっていかなければと思う」と語り、谷川教授も「歳を重ねて、私自身も社会への貢献を考えられるようになった。若いころを振り返ると恥ずかしいが、かつて多くの失敗や反省をしたことで今がある。手の届く挑戦をたくさんしたほうが人生は楽しくなるように思う」と話しました。

藤井教授もその話に共感し、これからもしばらくは「さまざまな挑戦を続けられたら」と話し、本日の対談を終えました。

谷川教授にとっての「現実」とは?

最後に、谷川教授にとっての「現実とは」をお伺いしました。

谷川教授は

「今生きている時代と皆が暮らしている街や生活の場所、そこで育まれている文化が交わるところに生まれるエネルギー」

と回答。

企業やアーティストの想いを伝える空間づくり、次世代へとつないでいく街づくりなど、「人が集う場」を多数手がけてきた谷川教授ならではの考えをお伺いすることができました。