私たちは今見えている世界を唯一の「現実」だと捉えていますが、本当にそうなのでしょうか?
デジタルハリウッド大学大学院卓越教授・脳科学者の藤井直敬が主催する現実科学ラボでは、これまで「現実とは何か」を問い続けてきました。その活動は各界有識者にお話を伺いながら現実の定義を考えるトークイベント『現実科学ラボ・レクチャーシリーズ』にまで発展し、2020年6月からすでに19回のイベントを開催しています。
2022年1月28日に開催された20回目となる今回からは、デジタルハリウッド大学の公開講座としてリニューアル。杉山学長と藤井教授が、過去に行われたイベント内容を振り返りました。
プログラム(90分)
- はじめに
- 現実科学とは:藤井直敬
- ディスカッション:藤井直敬 × 杉山知之
- Q&A
登壇者
藤井直敬
医学博士/脳科学者
株式会社ハコスコ 代表取締役
東北大学特任教授/デジタルハリウッド大学大学院 卓越教授
一般社団法人 XRコンソーシアム代表理事
東北大学医学部卒業、同大大学院にて博士号取得。1998年よりマサチューセッツ工科大学(MIT)McGovern Institute 研究員。2004年より理化学研究所脳科学総合研究センター所属、適応知性研究チームリーダー他。2014年に株式会社ハコスコを創業。
主要研究テーマは、BMI、現実科学、社会的脳機能の解明など。
杉山知之
デジタルハリウッド大学 学長/工学博士
87年よりMITメディア・ラボ客員研究員として3年間活動。90年国際メディア研究財団・主任研究員、93年 日本大学短期大学部専任講師を経て、94年10月 デジタルハリウッド設立。2004年日本初の株式会社立「デジタルハリウッド大学院」、翌年、「デジタルハリウッド大学」を開学し現在、学長。2011年9月、上海音楽学院(中国)との 合作学部「デジタルメディア芸術学院」を設立、初代学院長に就任。XRコンソーシアムアドバイザー、エンターテインメントXR協会監事、超教育協会評議員を務め、福岡県Ruby・コンテンツビジネス振興会議会長、内閣官房知的財産戦略本部コンテンツ強化専門調査会委員など歴任。99年度デジタルメディア協会AMDアワード・功労賞受賞。
共催
現実科学とは?
まずは藤井教授より、現実科学ラボの活動についてお話がありました。
藤井教授が「現実科学」というテーマに着手しようと決めたのは、理化学研究所でSR(代替現実)技術を作ったことがきっかけでした。SRでは、装着したヘッドマウントディスプレイに現在の映像と過去の映像を組み合わせて表示させます。
SRを体験した人が「目の前の現実」と「作られた現実を区別」できない事実に驚き、現実とは何かを改めて問い直すことになりました。
現実科学を考えるときに一番大切なのは、自分の現実を定義すること。そこで藤井教授は、有識者の方と「現実」について一緒に考える取り組みを行うことにしたのです。
現実について、有識者と考えた19回のイベント
続いて、過去19回にわたって開催した『現実科学ラボ・レクチャーシリーズ』を杉山学長とともに振り返りました。杉山学長は、全体を通して「現実なんてない、現実はつくれると考えている人が多かったことが印象的だった」と語ります。
まずは第1回〜第5回のダイジェスト映像を確認し、各登壇者が考えた「現実とは」という問いへの答えを振り返りました。
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特に第5回に登壇いただいた建築家・作家の坂口恭平氏は「現実はない。つくるものだ」と定義。砂の声を聞くという坂口氏や、女子学生が茄子の声を聞いて自殺をやめたという坂口氏の話を振り返り、人によって多様な現実がある面白さを再確認しました。
次に、第6回〜第12回の内容を映像とともに確認しました。
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杉山学長が特に印象的だと感じ、「現実のはかなさに衝撃を受けた」と語るのは、第11回に登壇いただいた慶應義塾大学教授 今井むつみ氏。認知科学や言語心理学を専門とする今井氏によれば、身につけた言語によって世界の認識が変わるのだそうです。代表的な例が色の表し方で、日本では青と緑を明確に区別していますが、世界の多くの言語で青と緑は分かれていません。世界は言葉によって作られているとも考えられます。
ここまでのイベントを振り返ると、日本におけるVRの仕掛け人ともいえるGOROman氏(第2回登壇)やVR技術を駆使したスタートアップ『クラスター』を手掛ける加藤直人氏(第12回登壇)など、新しい現実を作っている人は「現実はつくれる」と考える傾向にあると藤井教授は分析します。
最後に、第13回〜第19回のイベントを振り返りました。
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第13回からは藤井教授が「会いたい」と感じる方をゲストとして招いており、能楽師や映画監督、イラストレーターなどこれまで以上にさまざまな分野で活躍されている有識者の方から話を伺うことができました。
特に第15回に登壇いただいたアーティストの長谷川愛氏は、現実を「書き換え可能なもの」と定義。アーティストのような「創る人の視点から見ると、現実とは可塑性を持った、未来に向かって書き換え可能なものという点が面白かった」と藤井教授は振り返りました。
現実科学に取り組む意味とは
「有識者の方々に現実とは何かを考えてもらうと、普段の活動が反映されたとても良い言葉が出てくる」と全体を総括した藤井教授。
過去19回のイベントを通して気づいたのは「現実を定義すると豊かさがつくれる」という、現実科学に取り組む意味でした。
今私たちが見ているありのままの現実世界は、例えば水も食料も、あらゆるリソースが有限です。しかし、無意識の領域と人工的につくり出した現実(以下、人工現実)は、物体が目の前に存在しないからこそ、リソースは無限です。
藤井教授はこの点に着目し、人工現実から出てくる創造性は無限だと考え、ゆたかさも無限かつ自由に取り出せるのではないかと考えたと語ります。
現実科学ラボを開始してから4年、ようやくたどり着いたのは「現実を定義するとゆたかさができる」という現実科学の意味だったのです。
未来をつくるデジタルハリウッド大学の新プロジェクト
最後に、今後デジタルハリウッド大学が取り組む2つのプロジェクトについて紹介がありました。
1つ目は、バーチャルキャンパスを構築するプロジェクトです。東京大学 生産技術研究所 特任教授で建築家の豊田啓介氏と共に新しいプラットフォームの構想を練っており、キャンパスの未来像をデジタルハリウッド大学から生み出していきたいと考えています。
2つ目は『オープン・スギヤマ・プロジェクト』です。本プロジェクトは、2021年11月に筋萎縮性側索硬化症(ALS)であることを公表した杉山学長の声データやアバターデータを用いたコンテンツ制作を公募するというもの。ALSであっても、テクノロジーの力があれば明るく普通にくらしていけるという未来を実現させるために取り組んでいきます。
本プロジェクトでは株式会社オリィ研究所の吉藤オリィさんとも連携。いずれは杉山学長だけでなく、テクノロジーの力を必要とする全ての人に本プロジェクトの成果を届けていく構想です。
今回のレクチャーシリーズでは、最後に有識者の方にお伺いしている「現実とはなにか」という問いを参加者のみなさんに問いかけました。Twitterで「#現実とは」をつけてツイートしていただき、多くの方々にご参加いただきました。ぜひ検索ください。