現実科学ラボでは、各分野で活躍している専門家とともに「現実とは?」について考えていくレクチャーシリーズを2020年6月より毎月開催しています。
第6回となる今回は、2020年11月24日、建築家の豊田啓介さんをお迎えしました。さらにスペシャルゲストとして、株式会社imaCEOの三浦亜美さんにも議論に加わっていただきました。
本記事では、当日の簡単なレポートをお届けします。
https://reality-science006.peatix.com/?lang=ja
現実科学とは
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現実科学ラボ・レクチャーシリーズは、デジタルハリウッド大学さまの提供でお届けしています。
豊田啓介さん
建築家 noizパートナー、gluonパートナー、東京大学生産技術研究所客員教授
1972年、千葉県出身。1996年、東京大学工学部建築学科卒業。1996~2000年、安dd藤忠雄建築研究所を経て、2002年コロンビア大学建築学部修士課程(AAD)修了。2002~2006年、SHoP Architects(ニューヨーク)を経て、2007年より東京と台北をベースに建築デザイン事務所 noiz を蔡佳萱と設立、2016年に酒井康介が加わり共同主宰。2017年、「建築・都市×テック×ビジネス」をテーマにした領域横断型プラットフォーム gluonを金田充弘と共同で設立。コンピューテーショナルデザインを積極的に取り入れた設計・開発・リサーチ・コンサルティング等の活動を、 建築やインテリア、都市、ファッションなど、多分野横断型で展開している。現在、東京藝術大学アートメディアセンター非常勤講師、慶應義塾大学SFC非常勤講師、芸術情報大学院大学 (IAMAS)非常勤講師、東京大学生産技術研究所客員教授(2020年~)。「WIRED Audi INNOVATION AWAED 2016」受賞イノヴェイター。2025年大阪・関西国際博覧会 誘致会場計画 アドバイザー(2017年~2018年)。著書に「Rhinoceros+Grasshopper 建築デザイン実践ハン ドブック」(共著、2010年、彰国社)など。
三浦亜美さん
株式会社ima 代表取締役CEO
学生時代に事業を立ち上げ、その後、単身でバックパッカーとして世界を回る。帰国後は株式会社サンブリッジというベンチャーキャピタル(VC)で海外クラウドサービスの日本法人立ち上げや、インキュベーション施設の立ち上げなどを行う。
2013年、株式会社imaを創業。日本酒、伝統工芸品、ユニークな技術などに最新のテクノロジーやVCでの知見を持ち込み、事業継承の仕組みをつくる。2016年、一般社団法人awa酒協会を設立。2017年、つくば市まちづくりアドバイザーに就任。2020年、スタートアップ・エコシステム 東京コンソーシアム アドバイザーに就任。
AIを活用したプロジェクトでは、日本酒の酒造りにおける匠の技をAIでサポートしながら技術継承にも寄与する「AI-sake」やAIによるアートの創造「AI-Mural」の実績をもつ。
情報と物質
豊田さんはまず、自身の関わったプロジェクトを例に挙げながら、情報と物質の関わりについて紹介しました。
ファンが、フレキシブルなLEDディスプレイディスプレイをのれんのように吹き上げると、映像も風をうけているように吹き飛んでいく「BAO BAO ISSEY MIYAKE GINZA MATSUYA Display」。情報と物質という連動するはずのないものが、あたかも直接影響を与え合っているような表現を通して、それぞれの存在をあらためて問い直す展示。
畳を製作する上での材料の規格や製法、ヴォロノイ図の幾何学的な規則をアルゴリズムに落とし込んだ「Tatami Generator β」によって、世界に一つだけのパターンをその都度生成するヴォロノイ畳《TESSE》。形状や畳の目の向き、天然素材ならではの色の変化を自在に組み替え好みに応じた個別生産が実現できる。
このように、二項対立で語られやすい情報と物質の二者間の境界は、テクノロジーによって徐々に曖昧になりつつあります。そして情報と物質が相互作用するような世界では、情報と物質がそれぞれに閉じたものだと考える従来のやり方を超えてアセットを活用できると豊田さんは語ります。
例えば建築の領域でも、BIMデータをはじめとする様々な「情報」が物質ベースの作業工程に導入されつつあるものの、それらの用途はあくまでも設計と施工に閉じており、豊かな階層を持ったメタデータが十分に(例えば企画や運用などに)活用されていない状況なのだそうです。こうした様々な「情報」を汎用化した基盤を、豊田さんは「コモングラウンド」と呼びます。
Expanded Dimension of Architecture
credit; noiz
https://noizarchitects.com/archives/works/diagram
Diagram for Expanded Dimension of Architectureと題されたこの図は、右下の建築家(architect)が右上の建築物(BUILDING)を創造するプロセスを示し、建築という営みに関わる様々な次元が可視化されています。
図面や模型は建築において重要なイメージの伝達方法ですが、しかしそれでも建築家が思い描いた理想から様々な情報が抜け落ちてしまいます。静的な、物としての建築(BUILDING)も重要なインターフェースではあるものの、実はその外側に、より広い情報的総体としての建築があるのだと豊田さんは語ります。この建築の情報的側面について、我々はまだ上手い扱い方も、価値化の仕方も十分に知らない状況にあります。
コモングラウンド
他方、近年では実環境から情報を抽出するセンシング技術や、センシングに基づいた制御技術も目覚ましい進歩を遂げています。例えば、映画におけるドラゴンのアニメーションを俳優の動きを元に生成したり、筋電を元に義手を制御したりなど。
豊田さんは、物理世界と情報の相互作用が当たり前になると、物(例えば身体)そのもののあり方も再考する必要が出てくると語ります。腕は2本でなくてもいいかもしれない、肩についていてもいいかもしれない、ドアの横についていてもいいかもしれない、未来のドアマンは10本のドアの横の手を制御する仕事をしているかもしれない……。そのような世界では、どこまでが身体でどこからが環境なのかが極めて曖昧になっていることでしょう。
建築家は、今まさに情報技術が変革する「あたりまえ」を理解し、数年後にできる建物や数十年後にできる都市計画などに反映させなければいけない。建築物が自分の身体性を持っている自律エージェントのようなもので、我々の身体の一部を担うような世界では、どのようなセンシングを、制御を、プラットフォームを構築する必要があるのか。
例えば視点一つとっても、体外離脱した視点から自己を眺める、他人の視点に「乗り移る」など、身体と環境が一体となった新しい身体性が実現する可能性があります。こうした体験を建築の側から実現するためにはどのようなサポートをするべきなのでしょうか。
豊田さんはそういった世界が実現した際に、物質環境と情報環境をシームレスに接続するためのプラットフォームとして「コモングラウンド」を提唱しています。物質世界とデジタル世界はそれぞれで高度なプラットフォームが整備されていますが、例えば物質環境の情報をデジタルエージェントにとって理解しやすい形に整備するなど、物と情報のつなぎ目を担うのがコモングラウンドです。物質会場だけではない、バーチャル会場だけでもない、両者が接続されるコモングラウンドを整備することは、今後喫緊の課題になると考えられます。
豊田さんは現在、2025年の大阪万博を舞台として、そうした情報都市の構築について模索しているそうです。
豊田さんにとっての「現実とは」
現実というと、「拡散した色々な選択肢の中にある、掴みどころのあるもの」といったイメージを持たれがちですが、僕にとっては、むしろ現実の方が拡散するイメージです。扱いきれない、理解しきれない、無限の選択肢の集合体。そして建築家は、現実は完全には扱いきれないという前提に立った上で、どこを扱えるものとして切り取ってくるかという発想をしているのではないかと思います。
豊田さんはこのように語って、講演を締めくくりました。
講演終了後、三浦さんを迎え、3人でのパネルディスカッションが行われました。