現実科学レクチャーシリーズ

Vol.64 吉田真明さんレクチャー(2025/10/22開催)

2025年10月22日、「現実科学レクチャー Vol.64」が開催されました。本ページでは、当日のレクチャーの様子をレポートとしてお届けします。

REPORT

※本稿では、当日のトークの一部を再構成してお届けします。

イカタコと共に過ごした20年

藤井 今日のゲストは島根大学の吉田真明先生です。吉田先生はタコやイカの専門家ということで、人とは全く違う知性を身につけ、素晴らしい能力を持っているイカタコという生き物をベースに現実とは何かを考えていきたいと思います。難題ですが、よろしくお願いいたします。

吉田 よろしくお願いします。生命科学の研究者として、イカタコが脳科学にどのように貢献できるのか、私のこれまでの研究を通じてご紹介できたらと思っています。

私の研究歴は大学生の頃を含めると20年ほどになりますが、ずっとイカタコと共に過ごしてきました。大学では漁港 に行ってコウイカを集めて研究をしていて、大学院に進学するときにより実験科学に近いところということで、室内で飼えるヒメイカの研究を始めました。ポスドク時代は特に目の発生を研究しておりまして、目の発生進化を考えると、やっぱり脳の方につながってくるんですね。その後、島根大学に来て今は隠岐島でイカタコの詳しいゲノム解析を進めているところです。

今年の春に、学生時代からお世話になっている滋野修一さんという研究者の方と二人で、この20年の成果をまとめて本として上梓させていただきました。『タコ・イカが見ている世界』(草思社)という本で、私たちが長年にわたって撮りためたレアな写真が掲載されたビジュアル・ブックとなっていますので、ご興味のある方はぜひ手に取っていただけたらと思います。

オウムガイに見るイカタコの原型

吉田 その本の中で、イカタコの祖先であるオウムガイの卵の写真が出てきます。大人のオウムガイは足が100本くらいあるのが特徴なんですけれども、卵の中の発生過程を見るとイカタコと非常によく似ています。足が4本、向こう側にも4本あるので、8本ある状態を経て発生している。足がたくさんに枝分かれする前に、一瞬タコやイカみたいなステージを通るんですね。

「個体発生は系統発生を繰り返す」というヘッケルの有名な言葉がありますが、卵の中で体が作られる過程には進化の歴史的な系譜を見ることができるという説です。このことから、イカタコの原型はおそらく足が8本ないし10本だったのではないかと考えられる。一般書でこのような写真が載っているものはなかなか無いと思いますので、紹介させていただきました。

生きたダイオウイカが流れ着く山陰地方

吉田 さて、私は今、隠岐臨海実験所で研究をしています。こういう場所にいると大変なことも多いんですけれども、非常に良いこととしてはやはり自然が豊富なので、黙っていても面白い生物が流れてきます。例えばこちらは生きたまま漂着したダイオウイカですね。

協力・日本いか連合、撮影・田谷雅輝氏

地元の漁師さんが見つけて船で引っ張ってきてくれたものを冷凍しておいて、しまね海洋館アクアスという水族館と共催で公開大解剖をやりました。私は自分用のサンプルとして脳の一部をとらせてもらって、しめしめと持ち帰って研究に使ったりしています。

イカは神経が太いことで有名なので、ダイオウイカもやっぱり神経が太いんじゃないか?と取り出してみたら、このような巨大軸索がありました。

藤井 すごいですね。普通のイカより太いんですか?

吉田 圧倒的に太いですね。隠岐でよくとれるケンサキイカだと幅は2〜3mmくらいなので。

藤井 これもう、うどんだよね。

吉田 複数の神経が束ねられた状態ではあると思うんですけれど、それでもこれだけ太いのはやっぱりダイオウイカだけだと思います。

体表の色を変えるだけではない擬態の仕組み

吉田 他にも面白い生物はいて、私が注目しているのはアオイガイというタコです。アオイガイのゲノムには、リフレクチンというタンパク質の遺伝子が連続して並んでいる領域があります。これは他のイカタコでもたくさん数があることで知られている遺伝子なんですが、大体こういうふうになっているのは大量にそれを発現させないといけない、量が必要なものなんですね。

このリフレクチンが何をやっているかというと、細胞の中に集積して鏡のような構造を作っています。イカタコの仲間では体表面の色を変化させる擬態が非常に有名ですが、実は色を変えるだけでは背景に溶け込むことができないんですね。アオイガイを含むイカタコの仲間は、体表面の色を変える色素胞の裏側にリフレクチンを大量に集積することで、自分の色を変えつつ表面からの光を反射し、それによって光学迷彩を達成していると言われています。

でも擬態をするためにはそれだけではなく、自分の周りの色がどういうものになっていて、それが自分の体のパーツのどこに反映しているのかをなんらかの形で認識していないとできないはずです。なので、タコの体には空間を認知しているなんらかの高度領域があるはずで、そこが非常に興味深いんですけれども、これに関してはまだわかっていないことが多くて、今ゲノムの方から研究が進んでいるという状況です。

タコやイカはどのように世界を認識しているのか?

藤井 あの、答えがないことを分かった上で聞くんですけど、これっていわゆる脳のレベルでやってるんですかね?

吉田 それも問題ですね。

藤井 神経細胞のグループが足1本につきひとつずつあるみたいなことも言われているじゃないですか。

吉田 最近では色素胞も光受容ができるという報告もでていて。だからパーツごとにも光を感じつつ、でも全体のパターンはやっぱり脳で制御しているはずなので。イカの模様は脳の中に結構コードされているっていうのは少しずつ分かってきています。なので、ローカルな制御と中枢制御が組み合わさっているんですけど、それがどのレベルでどこまで、というのはまだわからない。

藤井 なるほど、すごいですね。

吉田 タコがどのように世界を認識しているかは、脳だけじゃない全身の神経系になんらかの形でコードされているのは間違いないと思います 。ある意味では、地球上でヒトをはじめとする脊椎動物以外で空間を認識して何かやっている生物の極致なわけですから。その知能や空間認識のあり方を理解できれば、他の生物にも応用できるだろうと考えている研究者は多いです。

共通性から進化の問題を読み解く

吉田 イカタコは脊椎動物とは違う形で発達した神経系や体を持っていて、そのオリジンは明らかに違います。イカタコの祖先を遡っていくとオウムガイにたどり着くんですけれども、この子達は脳も大きくないですし、循環器系も発達していないし、何より殻があるので困ったことがあるとその中に閉じこもってしまって、運動も得意ではない。かなりアドバンスなことをしないと、今のイカタコの体は達成できない。

脊椎動物も遡っていくと、ホヤやナメクジウオという原始的な生物にたどり着きます。時間軸としても結構似ていて、3〜4億年前にはそういう生物だったのが、それぞれのニーズによって進化してきたわけです。

特に脳に注目すると、神経系の発達にどのような共通原理が働いているのか。違う系統の生物が似たような形質、同じような特徴にたどり着くことを収斂進化と言うんですけれども、この中でどのくらい共通性があるかに答えを出すことができれば、進化の問題をいろいろ解決できると考えられています。

収斂進化の例として、イカタコの仲間は無脊椎動物としてはかなり例外的に我々と同じ閉鎖血管系を持っています。つまり、血液が血管の外に漏れていかないんですね。そのために、血管内皮細胞というものがあって、血管が二重構造になっています。これによって、血圧を高くしても破裂しない。なので、運動性を増すことができる。

オウムガイの仲間では血管内皮細胞がほとんど発達していません。ナメクジウオにもないので、それぞれの系統で独立して似たようなものを達成している。こういうものが、他にも結構たくさんあるんじゃないかと期待しています。

遺伝子と脳の複雑性の関係

吉田 そうこうしているうちに、2015年に沖縄科学技術大学院大学の研究で、はじめてタコのゲノムが全解読されました。そこでタコにおいて特有に数が多い遺伝子を解析してみると、脊椎動物でも数が多い遺伝子が見つかっています。中でも注目されているのが、カドヘリン分子です。

カドヘリン分子は、並んでいる細胞が剥がれないようにくっつけるための、糊のような役割を果たしています。中でもプロトカドヘリンというタンパク質に関連する遺伝子が、タコのゲノムには168個ある。オウムガイには43個で、原始的な軟体動物としてよく比較に使われるカサガイでは17個しかありません。なので、進化の過程で数倍に増幅している。

この遺伝子は脊椎動物の脳の中でも注目されている遺伝子で、マウスでもプロトカドヘリンが発現していて、しかもたくさんの種類のタンパク質を使い分けしていることがわかっている。なので、これが複雑な神経形成に強く関与しているんじゃないか、と非常に注目されています。

脳の中のホムンクルス

吉田 これらは遺伝子の数から類推されていることですが、この先やらなければならないのは、タコの頭の中でその情報がどのように統合されて、特に時空間的な情報をどのように処理しているのかということです。これは、意識のあり方を考える上では絶対に避けて通れません。

ヒトではどうなっているかというと、体の感覚や運動野の情報はほぼ一対一の形で脳の中にコードされている。脳の中に自分の小人、ホムンクルスがあるんだというのは有名な話ですね。マウスの実験でも、ヒゲの1本1本がその位置情報を保った上で脳の中に投射していることが確かめられています。このように、位置情報がそのまま脳の中にコードされているというのは脊椎動物のひとつの特徴です。

擬態の研究からも、タコの脳の中には何らかの形で空間情報がコードされていることが期待されているわけです。最新の研究成果では、ヒトと完全に同じではないものの、体の各部位に対応する位置情報のコードがあるというところまではわかっています。かなり脊椎動物に近いような状態をタコの脳の中にも見ることができる。

多様性を保全する重要性

吉田 今、脳のハードプロブレムを解くためには、もうちょっとゲノムの多様性を記載しよう、という方向で私は研究しています。全ての真核生物のゲノムを読もうというプロジェクトが進行中ですので、その中でも私としては日本じゃないと鮮度よく手に入らない生物に注目してゲノム解析をしています。

最近ではコウモリダコという、ちょうどイカとタコが進化する直前に分かれた生きた化石ですね。これのゲノムを読んでイカタコの祖先の状態を推定することで、それぞれの進化の方向を見られるのではないかということをやっています。

ただ、日本はこれまでイカタコ研究をする上で申し分ない環境だったんですけれども、ここ3〜4年はそれが崩れつつあります。まず、日本海側にたくさん流れ着いていたダイオウイカが全く見られなくなりました。我々が日常的に食べている、水産物としてのタコやイカも資源量が激減している。これは、地球温暖化が大きな原因であると考えられています。

研究をサステイナブルに続けていくためにも、保全を真剣に考えなくてはいけません。ですので、イカタコファンの方も、ぜひ自分が何をできるかということを考えていただけたらなと思っております。

生きた化石から見るシンプルな原型

藤井 ありがとうございます。タコやイカの祖先っていうのは、あんまり化石になってないんですよね。

吉田 アンモナイトは多いですがそれより前となると、これだというはっきりした化石は出ていないですね。ですので、すごく古い時代 を推定しようとする研究者は、プラナリアぐらいシンプルな生き物だったんじゃないかと仮定して、それらの神経構造を解析したりしています。

藤井 そうか。プラナリア的な生き物の中で、実はすごく昔から生き残っているやつもいるかもしれないから。

吉田 彼らが持っているものは、祖先の生き物も持っていたはずなので、その一番シンプルな原型はそこにあるんじゃないかと。

藤井 先ほどコウモリダコを研究したいとおっしゃっていたのはそういうことですね。

吉田 はい。そこにある基本プランは、当時のものを何かしら反映しているのではと考えています。

火星人を一番理解できるのはタコ研究者?

藤井 タコの収斂進化というか、我々と全く違う道をたどってきたのに、なんとなく似た機能を実現しちゃってるって、やっぱり面白いですよね。

吉田 私がお世話になっている友人で総合研究大学院大学の入江直樹さんという方が言っていたんですけれど、「火星人がやってきた時に火星人のことを一番説明できるのは、現生生物の進化を研究している人たちだろう」と。地球上の生物の中でも、極端に違うパターンのものをちゃんと知ることによって、全く違うオリジンを持つ生物でも「こうなんじゃないか」と推測できると。それはそうだな、と思いました。

藤井 そうすると、タコを理解しなければいけないということになる。

吉田 はい、タコを説明できなければ、地球上の生物の、特に脳の進化のあり方を説明したとは言えないだろうと 。動物の脳の進化をやり尽くしたというためには、タコとヒトはこういうところが同じで、こういうふうに違うと言えるようになるのが理想ですね。まだまだ、距離はありますけれど。

イカは心臓を3つ持っている

藤井 イカには心臓が3つあるって聞いたんですけど、それぞれ独立してあるんですか?

吉田 独立してあります。体から戻ってきた血液は血圧が低くなってしまうので、ヒトの場合は右心室・右心房が肺に向かう血液を加速するんですね。で、もう片方は肺から戻ってきたものを全身に送る、という形をしているんですけれど。イカタコの場合は、この肺循環に対応するものとして、エラに血液を送るエラ心臓が左右にひとつずつあります。

藤井 それで、戻ってきた血液を全身に送る心臓が真ん中に。なるほど、そう聞くと合理的ですね。

吉田 このエラ心臓も、イカタコの進化の過程でできたもので、オウムガイにはありません。

藤井 タコにはあってヒトにはない組織や臓器っていっぱいありそうな気がするんですけれど。

吉田 エラ心臓はたしかにヒトにはないですが、機能的には右心房・右心室と同じなので。なんていうのかな、 違う形で同じようなものを達成しているんですよね。

私たちと違うこと、同じこと

藤井 やっぱり、生物として必要なものは結局なんとかしてみんな都合しているってことなんですね。

吉田 そういう観点で言うと、他の軟体生物は肝臓と膵臓が分かれてないんですよ。肝膵臓といって、有名なのはカニミソですね。あれは膵組織とグリコーゲンを貯めている肝細胞が入れ子に融合した状態になっているんです。

藤井 ええ、カニミソってそうなんだ。

吉田 でも、タコになると肝臓と膵臓が分化するんですよ。やっぱり、なんかちょっとずつ同じような形でコード化されるっていう。だからタコにしかない臓器というよりは、進化の過程を経るとなんとなくヒトもタコも同じような形で高度化していって、臓器や神経系がどんどん機能分化していくんですよね。オウムガイとイカタコで起こったことが、ナメクジウオとヒトの間でもパラレルに起こっていたりする。

藤井 魅力的だなあ。タコイカの研究者って増えたりしないですか?

吉田 昔は水産系の人が多かったんですよ。最近は進化とかゲノムとか、基礎生物学の観点で研究する人が増えていますね。

藤井 ゲノムからのアプローチって非常にいいですよね。ヒトと必ず結びつけられますし。

吉田 それと、神経系とをうまく結びつけるのがやっぱり理想ですね。

吉田先生にとっての「#現実とは」

藤井 最後に、イカタコ研究者として現実とは何かをひと言でお願いします。

吉田 はい。私にとっての現実とは本には書いていないことですかね。これは私の師匠の受け売りなんですが、フランスのルイ・アガシという非常に有名な研究者の “ Study nature, not books ”、つまり「本じゃなくて自然から学べ」という言葉があります。

藤井 ウッズホール海洋生物学研究所に書いてあるという。

吉田 そうです。やっぱり、理論から入って「こういうふうになっているんじゃないか」という方向で進めていくと、壁に当たったり、この生物は説明できないからとあきらめてしまったりすると思うんです。

でも、イカタコのように特に極端な性質を持っているものを真摯に研究することで、自然科学としての我々の概念を拡張できる。人間の知識や理解がどんどん広まって、理想を言えば科学がもっと広く緩やかに考えられるようになる。そうなることを期待して、やはり本には書いていない、実地で学ぶのが良いのではないかということで。

藤井 なんだろう、海の男っぽくていいですね。

吉田 いやーもう。でも苦戦ばっかりです。思ってもいないことばっかりなので。

(テキスト:ヨシムラマリ)

登壇者

吉田 真明

島根大学教授
「島流し10年のイカ生活」

大阪大学大学院理学研究科修了 博士(理学)
お茶の水女子大学アカデミックプロダクション日本学術振興会特別研究員PD、国立遺伝学研究所を経て、
現在、島根大学生物資源科学部附属生物資源教育研究センター教授
専門は系統分類学、進化生物学 

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https://x.com/yoshidamasaaki

藤井 直敬

株式会社ハコスコ 取締役 CTO
医学博士/XRコンソーシアム代表理事
ブレインテックコンソーシアム代表理事
東北大学医学部特任教授
デジタルハリウッド大学 大学院卓越教授
MIT研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター チームリーダーを経て、2014年株式会社ハコスコ創業。主要研究テーマは、現実科学、適応知性、社会的脳機能の解明

主催

現実科学ラボ