デジタルハリウッド大学と現実科学ラボがお届けする「現実科学 レクチャーシリーズ」。
「現実を科学し、ゆたかにする」をテーマに、デジタルハリウッド大学大学院 藤井直敬卓越教授がホストになって各界有識者をお招きし、お話を伺うレクチャー+ディスカッションのトークイベントです。
Twitterのハッシュタグは「#現実とは」です。ぜひ、みなさんにとっての「現実」もシェアしてください。
概要
- 開催日時:2022年12月19日(月) 19:30〜21:00
- 参加費用:無料
- 参加方法: Peatixページより、参加登録ください。お申込み後、Zoomの視聴用リンクをお送りいたします。
視聴専用のセミナーになりますので、お客様のカメラとマイクはオフのまま、お気軽にご参加いただけます。
ご注意事項
- 当日の内容によって、最大30分延長する可能性がございます。(ご都合の良い時間に入退出いただけます。)
- 内容は予期なく変更となる可能性がございます。
- ウェビナーの内容は録画させていただきます。
プログラム(90分)
- はじめに
- 現実科学とは:藤井直敬
- ゲストトーク:鈴木健氏
- 対談:鈴木健氏 × 藤井直敬
- Q&A
登壇者
鈴木 健
1975年長野県生まれ。1998年慶應義塾大学理工学部物理学科卒業。2009年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。専門は複雑系科学、自然哲学。東京財団仮想制度研究所フェローを経て、現在、東京大学特任研究員、スマートニュース株式会社代表取締役会長兼社長。著訳書に『NAM生成』(共著、太田出版)、『進化経済学のフロンティア』(共著、日本評論社)、『現れる存在』(共訳、ハヤカワ文庫NF)など。
藤井 直敬
医学博士/ハコスコ 代表取締役 CSO(最高科学責任者)
XRコンソーシアム代表理事、ブレインテックコンソーシアム代表理事
東北大学医学部特任教授、デジタルハリウッド大学学長補佐兼大学院卓越教授
1998年よりMIT研究員。2004年より理化学研究所脳科学総合研究センター副チームリーダー。2008年より同センターチームリーダー。2014年株式会社ハコスコ創業。
主要研究テーマは、現実科学、適応知性および社会的脳機能解明。
共催
「現実」は進化の過程で生まれたもの
30回目の開催となる現実科学レクチャーシリーズ。今回はスマートニュース株式会社の共同創業者である鈴木健さんにお越しいただきました。鈴木さんは現在、スマートニュース株式会社の代表取締役会長兼社長で、東京大学特任研究員としても活動しています。
鈴木さんは2000年頃から「なめらかな社会」を実現するためにテクノロジーをどのように使えるかをテーマに据えて研究を続けており、2013年に300年後の社会システムをデザインする構想を『なめらかな社会とその敵』という著書にまとめました。出版から約10年が経った2022年10月に、50ページの補論が追加された文庫版をちくま学芸文庫から発刊され、話題を呼んでいます。
なめらかな社会とその敵 ──PICSY・分人民主主義・構成的社会契約論 (ちくま学芸文庫)
普段のレクチャーシリーズは冒頭でゲストによる講演を行いますが、今回は藤井教授と鈴木さんの対談によって「現実とは何か」という問いを深く考察していきました。
話題はまず、鈴木さんが10年前に出版した書籍『なめらかな社会とその敵』へ。鈴木さんは著書の中で、現実の定義について下記のように言及したのだそう。
“現実は1つではない。生物は進化する中で「現実」と把握されるようなものをつくりだしてきた。単細胞生物は「現実」と呼ばれるようなものを認識する必要はなかったが、進化の過程で外部の世界をキャリブレーション(基準合わせ、調整のこと)する能力が必要となってきた。そのときに初めて生まれたのが「現実」と言える”
外部世界と自己が相互作用するだけでなく、それによって世界と自己の中の何らかの状態を調整する。そのプロセスこそが現実なのではないかと、鈴木さんは藤井教授に語りました。
「言語によって異なる「現実」の捉え方
現実について考えを深めていくと、思考する言語によっても考え方が異なることに気づくと鈴木さんは続けます。日本語の「現実」と英語の「reality」という言葉には、当然ながら意味やニュアンスにギャップがあります。「reality」には哲学の実在論に紐づき、「実在(知覚や認識に依存せず、客観的に存在すると考えられる事物のこと)」のニュアンスも含まれます。一方で、日本語の「現実」は英語の「actuality」に近く、「現実を見る」という言葉からも感じとれるように、説教くささも含まれてしまいます。
鈴木さんはこのような言葉の違いに触れながら、どちらの言語や概念で現実について考えるべきか藤井教授に尋ねました。
藤井教授はこの疑問に対し「とても良い視点だ」としながら、自身はどちらの概念にもよらず、「scientific(科学的・学術的)」に現実を捉える立場をとっていると話しました。「現実とは何か」という問いは、人間抜きに語ることはできません。そのため、「scientific」に現実を考えるなら、認知科学的な捉え方になるだろうと藤井教授は語りました。
鈴木さんはその回答を受け、政治哲学の「現実主義」に触れながら、現実を考える際の鍵は「キャリブレーション」ではないかと1つの考え方を投げかけました。
必要なのは「多様なものの見方」を前提に成り立つ社会
ここで鈴木さんは過去のレクチャーシリーズで出た現実の定義について、藤井教授にその傾向を尋ねました。藤井教授は「過去29回のレクチャーシリーズでは、私たちは脳から離れられず、現実はとても曖昧なものであるという結論に収束していた。そのことに気付くきっかけや切り口が登壇者によって異なりおもしろかった」と回答。
鈴木さんはその話を受け、書籍『なめらかな社会とその敵』に書いた現実の捉え方を引用しながら、今後は「多様なものの見方がありながら、それらが衝突することなく回る社会」の構築を目指すべきではないかと議題を提示しました。
それぞれが異なる現実を生きている私たちは、目の前に見えている事物からお互いに共通のシグナルを受け取っていると思い込むことで、コミュニケーションを成立させています。しかし、AI等のテクノロジーが発達し、目の前の物や事象の有無を操作できるようになると、同じ部屋にいる人同士でも全く違う景色を見ることが当たり前になるかもしれません。鈴木さんはそのような未来を「パラレルワールドが高度に発達する」と表現し、これからは各個人が異なる世界を見ていることを前提・基盤として社会をつくりあげていかなければいけないと話しました。
しかし、各個人が高度なパラレルワールドを生きるような世界では、多くのコンフリクト(衝突、争い)が発生するはずです。そのときに改めて「多くの人に共通する現実」をつくろうとするのではなく、テクノロジーでサポートしながらコンフリクトを解消する仕組みを生み出すことが重要だと鈴木さんは指摘します。
鈴木さんは将来の社会像について、「世界をひとつに集約しようとする動きは、ある種暴力的であり、可能性を制限してしまうことにつながる。いろいろなものの見方が許容されていく社会が良い社会なのだと考えている。そういう社会をつくらなければ、人は正義の押し付け合いをする世界と歴史を繰り返してしまうと思う」と、自身の想いや考えを述べました。
藤井教授はその考えに賛同し、現在の世界情勢には人類の愚かさを感じざるを得ないと話しました。鈴木さんは「ウクライナ情勢からも歴史は繰り返されていると感じる。絶望的な気持ちになるが、その状態から脱却するには複数の現実がある状態と共存できるかということを考えなければいけない」と考えを語りました。
人間と脳が中心となる社会のあり方を変えること
そして、話題は言語による人間の認知への影響にも発展。藤井教授は「言語で世界のすべてを説明するのは無理だと考えている」としながら、これからは現在の社会で無視されている「無意識」に着目すべきだと考えを展開しました。そして、BMI(ブレインマシンインターフェイス)という脳とコンピューターを直接的につなぎうるテクノロジーならば、人間の「無意識」にアクセスできるかもしれないと言及。無意識の部分にアクセスできるようになれば、そのレイヤーで他者とつながり、知らない間に他者の能力が自分の一部になっているといった世界が実現するかもしれません。「人類の新しい可能性が開かれたとき、どのような社会になるのだろう」と藤井教授は語りました。
鈴木さんはその話を受け、これからの時代はそもそも「人間中心主義、脳中心主義」を脱すべきではないかと意見を提示しました。現代社会は「人間にとって役に立つか」という点が過度に注目され、テクノロジーもその前提のもとに発展しています。そのような考え方は、ともすれば「すべてのものは人類の従属物である」という傲慢な態度につながり、現代社会のさまざまな問題やひずみを引き起こしてしまうのです。鈴木さんはこのような人間中心主義から脱却する試みの一つとして、異なる種の細胞同士がコミュニケーションを行う「Internet of Cells」を紹介。藤井教授はその鈴木さんの意見を受け、「テクノロジーは人類に、他人を犠牲にしない豊かさや満足感を与えられるのでは」と問いかけました。テクノロジーで人類の幸福度を一定程度底上げすることができれば、人は穏やかに平和に生きていけるのではないか。藤井教授はそのように考えているというのです。
鈴木さんはその考えについて、「そもそも欲望が増殖する世界の構造が問題だ」と指摘。人類の最低限の欲望を満たすことと、根本的に欲望を減らすこと、これからの社会をより良いものにしていくためには両方のアプローチが必要かもしれないと対談をまとめました。
鈴木さんにとっての「現実」とは?
最後に、鈴木さんにとっての「現実とは」をお伺いしました。
鈴木さんが語ったのは「生命が外の世界と触れ合うときにキャリブレーションするプロセス」という定義です。
私たちは「自分の外側にある世界は、複数のチェックポイントに対して整合性が取れているもの」と捉えています。だからこそ、自分にとって何か夢のような出来事が起こった際、頬をつねるなどして夢か現実かを確かめようとするのです。
本日の対談の総まとめとなる現実の定義をお伺いし、レクチャーシリーズは盛会のうちに幕を閉じました。