2026年3月24日、「現実科学レクチャー Vol.69」が開催されました。本ページでは、当日のレクチャーの様子をレポートとしてお届けします。
REPORT
※本稿では、当日のトークの一部を再構成してお届けします。
クリエイターと共に作品を世に届ける
藤井 本日は株式会社コルクの代表取締役社長、佐渡島庸平さんをお招きしています。デジタルハリウッド大学は皆さんご存知のように、ものを作り続けることで世界をより楽しく豊かにするクリエイターを育てる場所です。そのことに関して、佐渡島さんはすごく独自の領域を切り開いておられるので、色々と深掘りして教えていただきたいなというのが今日の目的です。よろしくお願いします。
佐渡島 よろしくお願いします。始めに自己紹介をすると、僕はもともと大学を卒業して入社した出版社、講談社に勤めていました。モーニング編集部で10年ほどマンガや小説、新書の編集をして、その後2012年に株式会社コルクという作家のためのエージェント会社を起業しました。
出版社というのは、基本的に雑誌を中心としたメディアのオーナーであって、メディアを盛り上げるにはどうするかと考えて作家に外注しています。なので、作家が自分の人生を良くしようと思うと、従来は全部セルフプロデュースするしかありませんでした。
そこを専門的にサポートする人がいた方がいいんじゃないかと考えた時に、アメリカではもうクリエイターはエージェントに所属するという仕組みが基本になっているんですね。そのような仕組みがあった方が日本も海外と色々やりやすいんじゃないかと思って、コルクを作りました。今も相変わらず、新人マンガ家を発掘してマンガを作って出版社に持ち込む場合もあれば、ウェブ系のプラットフォームでやる場合もあるという感じで、作品を世に届ける仕事をしています。
デパートへの出店か、路面店を持ちたいのか
藤井 エージェントとして伴走するというのは、例えばこの作品はあそこに売り込みに行こうぜ、みたいな話ですか。

佐渡島 今までだと、店舗が先にあって、そこで出張シェフをやるようなイメージなんですね。場所は渋谷なのか銀座なのか、あるいは立ち飲みか座るのかで料理を変えていかないといけない。雑誌ごとにお客さんがついているから、そのお客さんに合わせて作品を作りながらも、自分のテイストをちょっと入れるみたいな、そんな働き方が作家に求められていました。
でも今の時代って、作家が自分のお客さんをSNSでつけることもできるじゃないですか。なので、メディアに合わせて作風を変えていくのか、作風を貫いて自分にお客さんをつけるのか、いわばデパートに出店したいのか路面店を持ちたいのかを考えないといけない。僕らは路面店を出すのをお手伝いしますよ、という感じですね。
藤井 なるほど。作家というのは、強い作風を持っている人が多いですか?
佐渡島 多くはないですね。やっぱり、求められたお題に応えていく方がやりやすくて、そういう時の方が10年後に「なんで俺これ作れたんだろう」って思うようなものが作れたりする。自分から何を作るかを定義するのはすごく難しいし、それができるクリエイターは数が少ない。ある種、難易度の高いことをお願いしているかなとは思います。
頭で理解しないためにAIを使う
藤井 佐渡島さんご自身は、作る人なんですか?
佐渡島 AIとセットになると、作る人になってきたかなという気はします。Sunoで延々と曲を作ったり。
藤井 それは自分の楽しみとしてですか?

佐渡島 そうですね。あの、僕が最近すごく重視しているのが、頭で理解しないことなんですよ。腹からというか、身体で分かるようにしたい。例えば、葛飾北斎を理解したいなと思ったら、AIと「葛飾北斎ってどんな人?」ってディスカッションするんですよ。で、僕が興味を持ったポイントが出てくると、「それでコース料理作って」ってお願いするんです。
一品目はまだ北斎が絵を習っていた時代なので、かなり型通りの料理で。そこから徐々に崩れていって、混乱してもう一度結論を見出して娘へ引き継ぐ、みたいな流れで。そのコース料理を友達と一緒に作って、食べながら「北斎はこういう時があったんだよね」って2〜3時間くらい北斎の人生について喋りまくるという。
藤井 ガッツフィーリングとして感じるということ?
佐渡島 それもありますし、事前にAIと打ち合わせた時にこう思ったんだよね、という会話もありますし。それが味として再現して感じられるかとか。同じことを千利休やナポレオンでもやってみたり。
AIの強みは他メディアへの変換?
佐渡島 これに気づいたのが、Sunoによってなんですけど。僕、大学時代に英語の詩を読んでいたんですね。たった数十行の詩を教授と一緒に90分かけて読むと、すごく分かって感動する。でも自分だけだと難しくて読めなくて。それがAIに質問しながらだと、英詩がかなり読めることが分かったんです。
それで翻訳を作ってみたりして、結構気に入ったのができた時に、それをSunoに入れたらめちゃくちゃ綺麗な歌が上がってくるんですよ。なんというか、言葉の流れが綺麗じゃないと、音も綺麗にならないんですよね。
藤井 そう、それはそう思う。

佐渡島 AIはメディアミックスというか、違うメディアにする時の解釈をAIにしてもらって、話し合いながら作っていくのにすごくいいなと理解しまして。翻訳をやめて、自分で詩を書くようになったんですね。それを音楽にした時に、自分の美的基準に合っていたら良い詩が書けている、合わなかったらダメだから書き直しっていう。そういう自己採点のやり方を見つけまして。
それで、メディア変換がAIの強みだって分かったので、葛飾北斎の人生をメニュー化するのもAIで出来るんじゃないかと思ったっていう、そういう流れなんです。
藤井 ええ、そんなことやってる人、聞いたことないよ。
人と人が仲良くなることの意味
藤井 作家さんと一緒に作業するのと、AIと一緒に色々やるのとだと、どちらの方が面白いというのはあるんですか?
佐渡島 AIは僕が気づくためにやっているところがあるので。自分の心への解像度を上げない限り、楽しみきれないじゃないですか。上手くやるだけならAIは上手いので、何百回もやっていると驚かなくなっちゃう。そうじゃない基準を自分の中で持つ必要があると思います。
藤井 「俺はこれが好きなのか?」という、それこそ主体性を持たないと楽しみきれないですよね。

佐渡島 一方で、多くの人は「人と人が仲良くなることの意味」を軽く見ているとも思います。何というか、売れるとかお金を稼ぐとかいうことが社会人として立派だと思われているわけですけれども、僕は作っているものが作品なので。その作品を通じて、作家と編集者として魂が触れ合ったというか、子供を産んだような感覚と人間関係になれるかどうか。
作品を仲介として、作家と魂の交流を行う時間をどうすればたくさん持てるかというスタンスで僕はやっているので。結果として、世間が反応して収入になるみたいな。作家と一緒にAIを使う時はお互いより深く知ることの方を楽しんでいますね。
時代のモチベーションを変えたい
藤井 佐渡島さんとしては、結果的に売れたらもちろん良いけど、作家さんとの魂の触れ合いで素晴らしいものが生まれることが一番大事なんですか。
佐渡島 やっぱり、社会を変えたいというか。よくテンションとモチベーションって言うじゃないですか。テンションが一時的なもので、モチベーションが長期的なもので。多くのエンタメは人のテンションを変えるものだとは思うんですけど、長期的な時代のモチベーションを変えるようなものを作ることに僕は挑戦したいなと。
例えば『宇宙兄弟』の時は、世の中全体で理系が弱くなっちゃってて。何となく「文系の方が良い」みたいな空気感で。理系を憧れにするにはどうしたらいいだろうと考えた時に、職業がきっかけになるかな、じゃあ宇宙が良いかもなって考えて。
藤井 そういう順番だったんですか。
佐渡島 あとは、日本人を月に行かせたいなと。どうしたら日本人が月に行くような空気感になるだろう?とか。そういうふうに企画を考えていました。
藤井 たしかに。「あり得るんだ」って思ったもんな、あれを読んだら。

無意識の土台が楽しみ方の豊かさにつながる
佐渡島 でも、ものを作るという行為をAIがサポートしてくれるようになると、実は全ての人が作るようになるかもしれなくて。そこはどうなっていくか本当に分からないですよね。
藤井 そこはねぇ。今はAIで絵だって音楽だって作れるけど、それを楽しめる人って万人じゃないんだよね。みんな1回や2回は試すんだけど、それをやり続ける人はなかなかいない。
佐渡島 例えば釣りでも、田舎で育って、楽しいか楽しくないか分からないような子供の頃から親に連れられて何百回も行っていた人は、意外と大人になっても楽しめると思うんですよ。こんなルアーつけてここに垂らしたら魚がこう反応するとか、思った通りに反応しなかったとか。僕なんかはどうなるのか1ミリも想像できないから、釣りをしていても「僕は今何をやってるんだ?」みたいな気持ちにしかならない。
でも僕の育ちの場合、すごい量の本を読んだりしてきたから、AIで音楽を作る、絵を作るって時に、この部分はすごいからこういうふうに直してみるといいかもしれないとか、そういうのは分かるんですね。その土台の、親と釣りしていたみたいな無意識の時間が必要で。そこもAIがサポートして学べるようになると、作る人が増えるかもしれないと思うんです。
藤井 無意識のところに色々刷り込んでくれると、物事を予測する仕組みが脳の中にできあがるので、そこから当たった、外れたというような楽しみにつながるんでしょうね。
レア度を才能にするために
佐渡島 AIがマンガの技術をすごく分かっていて、美しい詩から音楽を作ってくれるように、ある体感を喋るとそれを分からせるマンガを作ってくれるような変換ができたら、すごいことになるだろうなと思います。
例えば、ALSの人が自分の身体のデータと体験を渡すと、AIがそれをマンガにしてきて、そのマンガを健常者が読むと「ALSってこういう病気なのか」「俺もALSの人生を生きた気がするぞ」って思うようになるかもしれない。

僕は基本的に、才能っていうのはレア度だと思っていて。病気みたいにそれによって疎外されるとしんどいし、逆にお金が集まったり祝福されたり憧れられたりすると才能って呼ばれるんじゃないかと。ウサイン・ボルトはオリンピックがあるからすごいんだってよく言われますよね。オリンピックがなかったら、普通の人かもしれない。
それと同じように、様々な才能のあり方をAIが変えてほしいなと思うんです。レアな人の生きづらさを一般的にビジネスができる音楽などの表現へ変えることで、生きやすくしていけるといいなあと。
藤井 それは必ずしもAIだけではなくて、テクノロジーによってということですよね。技術が後押しすることによって、現状はレアであることでちょっと損をしている人たちが、レアをきちんと価値に変えられる仕組みができたらいいよね、という。
佐渡島 そういうことです、まさに。
身体感覚を鍛える
藤井 AIという非常にデジタルな世界がある一方で、物理的な世界に対して佐渡島さんはどのようなイメージを持っているんですか?身体的なものであったり、紙の本であったり。
佐渡島 僕は今、身体感覚を鋭くしようと思って色んな取り組みをしているんですよ。シャクティマットみたいなトゲトゲがついた靴下を履いたり、朝と夜に5℃の水風呂に入ったり。それで1日2回の水風呂に入るのを1年間続けていたら、冬でもシャツ1枚で過ごせるようになったんです。
藤井 寒くない?厚着しなくていいんだ。

佐渡島 はい、まったく。ということは、昔の日本人って基本的に井戸水で身体を洗っていたので、江戸時代の人は日本家屋でも寒くなかったんだなと思ったんです。おそらく、身体の使い方もまったく違っていたんだろうなと。
他にも、着物って帯やタスキをするじゃないですか。今の僕らが呼吸する時に下丹田にずっと力を入れるのって難しいんですけど、帯があるとずれないようにするために無意識に下丹田に力が入るんですね。タスキをすると鎖骨が自然と開いて呼吸が深くなるし。着物って身体をめちゃくちゃ理解している、サポートのある服だったんだなと思って。
藤井 たしかに、洋服はまったくそのサポートがないよね。
佐渡島 そう考えていくと、昔の人たちが感じていた自然と僕らが感じている自然って全然違うものなんじゃないかと思って。僕らは知識もないし、身体のセンサーとしての能力がものすごく落ちてしまっているから、「あの木の下にキノコがあるぞ」とか全然気付けない。でも物理を理解するっていう時に、身体を通してしか理解できないじゃないですか。歩く行為ですら、昔の人と僕らでは同じようにできていないんだろうなと思います。
藤井 本当にそう思う。昔はみんなすごい距離歩いてたんですよね。
あえて引き継いだもので暮らす
藤井 話は違うんだけど、デジハリの学生とブックハントっていうのをやったんですよ。神保町に行って、1人3,000円渡して、「何を買ってもいいけど人に自慢できる本を買え」って。
佐渡島 はいはい、良いですね。
藤井 数百円で買えるような本は稀覯本ではないけど、昭和初期の文庫本なんか良い感じに焼けてるんだよね。今どきの子は本を読まないから、とりあえずジャケットだけでも手に取りたくなるような本を集めてみようと思って。

佐渡島 昔って、学校で論語を学んで過去の思想を引き継いで、職業も引き継いで、へたしたら家具も家も着物とかも全部引き継いで、引き継いだものが身の回りにいっぱいあったと思うんですよ。それに対して、僕らって引き継いでいるものが圧倒的に少ないですよね。だから僕は今、あえて家の中を古道具ばかりでそろえていて。古本っていうのも、誰かの跡があるものを使う面白さがありますね。
藤井 学生が「今日買った本、線が引いてあるんです」って言うから。僕は線が引いてあったらイヤだなって思うけど、学生は「線が引いてあるということはここが重要だから、ここだけ読めば良いんですね」とか言い始めて、そんな読み方あるんだってびっくりしたんだよね。
佐渡島 だから本当に、何が学びになるかっていうね。
日本のデジタルプラットフォームはなぜ成功しないのか
藤井 受講されている方からいくつか質問をいただいています。「日本発のデジタルプラットフォームはなぜ成功しないのですか?」と、いかがでしょう。

佐渡島 例えば、Netflixって映像の会社としてすごいと思われていても、実は映像自体は外部から買ってきたもので始まっていて、本当の勝ち筋はそれを高速で処理できるってことじゃないですか。Facebookもマーク・ザッカーバーグがエンジニアだし、Amazonにしたって、デジタルの会社で内製化しないで勝ってるところってあるんですかね?
藤井 全部自前だよね。
佐渡島 今の日本の出版社って編集者の権限が大きいんですよね。出版社がそのデジタルならではの一丁目一番地を理解しないまま、外注した仕組みを使っているっていうところが、しんどいのかなと思います。
物語の型は情報の器
藤井 もうひとつの質問が、マンガ作りの型についてです。「型を守ることと、傑作を生むことの境界線についてどう捉えていますか?」と。
佐渡島 神話の型が全部一緒になったりするのと同じように、物語の型って基本的には人間の脳が記憶しやすい情報の型、器だと思っているので。世の中に広まるためには、脳が記憶して他の人に喋れるようになっていないといけない。
僕は物語の型は人間のDNAのようなものだと思っていて、DNAが一緒でも個性があるのと同じように、何が器で何が中身なのかごっちゃにしたまま議論をしていることが多いなと感じます。型破りと言われているものが実は型通りで、中身が斬新ということが実は多かったりしますよね。
佐渡島さんにとっての「#現実とは」
藤井 それでは最後に、佐渡島さんにとっての現実とは、をひと言でお願いします。

佐渡島 僕らは全員、動物としての環世界があるんだと思うんです。そして、藤井さんの環世界と僕の環世界は違う。でも、自分の環世界の中で他者も同じものを共有していると勘違いしている部分が現実なんだろうなと思います。
藤井 主観的な世界なんだけれども、僕らは社会的に活動しない限り生きていけないので、共同幻想がある前提で活動をしているという。
佐渡島 そうだと思います。例えば、時間も人間が社会的に作り出したものじゃないですか。ずっと一定に刻まれているように思うけど、主観的な時間はめちゃくちゃ伸縮している。マンガが特徴的なのは、映像だと時間って一直線にリニアに進んでいくのに対して、コマの大きさとかで色々表現できるじゃないですか。
藤井 たしかに、コマを割ったり、大きくしたり小さくしたりすることで、同じページの中でも時間表現が変わりますよね。
佐渡島 例えば『スラムダンク』とか、試合の最後の方になるとめちゃくちゃ長くなったりする。それは、主人公の感じている時間が長くなっているということでもありますよね。だから、主観的現実を表現しやすいのがフィクションだし、創作することは主観的現実を描くことだというふうに思います。
(テキスト:ヨシムラマリ)
登壇者

佐渡島 庸平
1979年生まれ。東京大学卒業後、講談社を経て、2012年株式会社コルクを創業。「物語の力で、一人一人の世界を変える」をミッションとするクリエイター・エージェンシーとして、作品編集や制作進行管理、新人マンガ家の発掘・育成、ファンコミュニティの形成・運営などをおこなう。講談社時代に『ドラゴン桜』(三田紀房)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などの連載を立ち上げ、現在もエージェント契約を結ぶ。

藤井 直敬
株式会社ハコスコ 取締役 CTO
医学博士/XRコンソーシアム代表理事
ブレインテックコンソーシアム代表理事
東北大学医学部特任教授
デジタルハリウッド大学 大学院卓越教授
MIT研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター チームリーダーを経て、2014年株式会社ハコスコ創業。主要研究テーマは、現実科学、適応知性、社会的脳機能の解明
主催

