2026年2月27日、「現実科学レクチャー Vol.68」が開催されました。本ページでは、当日のレクチャーの様子をレポートとしてお届けします。
REPORT
※本稿では、当日のトークの一部を再構成してお届けします。
郵政省の官僚からベンチャー大学の立ち上げまで
藤井 本日はiU(情報経営イノベーション専門職大学)の学長、中村伊知哉さんをお招きしています。僕も今年の4月からデジタルハリウッド大学の学長に就任することになっておりまして、正確にはこれからなんですが学長の大先輩との対談ということで、今日は楽しみにしていました。
中村 よろしくお願いします。僕は郵政省の官僚を15年務めた後、MITのメディアラボに4年在籍しまして、その後スタンフォード日本センターでの4年を経て、慶應義塾大学で大学院を立ち上げて12年と、老舗を渡り歩いてきました。そして2020年にベンチャーの大学としてiUを作りました。
なぜそのようなことをしたのかというと、MITでは世界で今いちばん使われているプログラミング言語であるScratchやeInkが作られました。GoogleもYahoo!も、僕がいた当時のスタンフォード大学で生まれました。どちらも、大学がプラットフォームとして育てたんですね。

日本もこの分野ではウォークマンやファミコン、ポケモン、初音ミクと素晴らしいものを作っています。でも、大学が絡んで作ったものは何もないんですよ。なので、僕は日本は産官学でいう学、大学が問題だと思ってきました。
ICTとビジネスでイノベーションを起こす
中村 慶應ではKMDという大学院を作る仕事をして、良い大学院になりました。だけど、慶應は非常にエスタブリッシュドで完成されている一方、自由に挑戦するには限界もありました。
それを強く感じたのが、ホリエモン(堀江貴文氏)を授業に呼ぼうとした時です。収監される直前にお話を聞こうと思ったんですね。それに対して、理事会から「犯罪者を授業によぶのは認めない」とストップがかかりました。「じゃあ慶應はネルソン・マンデラも田中角栄もよべないのか」と言ったら余計に怒りを買いまして、結局は外の会場を借りて特別授業として勝手に開催しました。

その時にホリエモンが「出所したら研究所を作りたい」と言ったんです。それを聞いて「あ、それは僕の仕事じゃないかな」と思い、「デジタル超学校を作ろう」というブログを書きました。これがきっかけとなって賛同者が集まり、新しい大学を作ることになったのが2017年のことです。
で、還暦で起業して作ったのがiUです。まだまだ作っている最中で完成していないんですけれども、ICTとビジネスでイノベーションを起こすという大学で、全員起業が最大の特徴です。学生全員が4年間で起業に成功したら就職率はゼロなので、就職率ゼロを目標にしています。ただし、実際のところは9割方失敗しますので。最近は「失敗から学ぶ失敗大学」と言っていまして、とにかく学生の間に一度失敗しておけ、というモデルなんですね。
教授も8割が産業界出身で、授業よりも産学プロジェクトに力を入れています。1年生からプロジェクトに参加して学ぶ。AIからオタクからeスポーツまで、色んなプロジェクトを走らせて、テックとポップを両方学んで、遊んで、仕事にできるようにしましょうね、というやり方です。連携する企業はデジタル系・エンタメコンテンツ系を中心に800社以上、客員教授は千人を超えました。起業数を学生の数で割った起業率もダントツで日本一になっています。
大学4年で就活に全落ちし郵政省へ
中村 先ほど失敗大学と言いましたが、僕自身も失敗ばかり繰り返してきたので、その失敗集を少し紹介しようと思います。

学生の頃はバンドばかりやっておりまして、一回も授業に出なくても卒業できる学部を探して入って。その当時、少年ナイフという女性3人のバンドをプロデュースしました。日本ではあまり知られていないかもしれませんが、世界では今でも日本一有名なバンドだと思います。マイクロソフトの世界CMでローリングストーンズの後釜を務めたり、ニルヴァーナと世界ツアーをしたり。多分、これが僕の人生で最大の成果じゃないかと。
彼女たちは僕と同い年で、今も世界ツアーをしていますが、僕自身は才能に見切りをつけて音楽を断念して、それが失敗その1です。で、大学4年生の時に就活で全部落ちました。銀行も広告も通信も放送も電電公社も全部落ちて。その後の一年猛勉強して、郵政省という役所が補欠で拾ってくれたので、そこに入りました。
官僚として初期のインターネット政策、コンテンツ政策に奔走
中村 郵政省では北海道の登別で郵便局長をやったり、パリでスパイをやったり、色々やったんですけれども、2つ3つ失敗がありまして。まず、インターネット政策の最初の担当になりました。といっても誰も担当がいなかったので、自分で勝手に名刺に印刷していたんですね。それでブロードバンドの整備を推進しようとしたら、ISDNを持っているNTTと正面衝突して負けました。
もうひとつは同じ頃、1990年代に通信と放送の融合としてテレビのコンテンツとネット配信の結合を進めようとしたんですけれども、これもテレビ局の猛反対にあって負けました。しばらくは民放連も出禁になりました。

1993年にはコンテンツ政策を立ち上げまして、当時は良い名前がなくて、「メディア・ソフト研究会」と言っています。で、映像も文字も音楽もみんなデジタルになって、通信も放送も融合して流通するっていう政策を打ち出したんですけれども、これが通信側からも放送側からも反発されて、うまく立ち上がらなかった。これも失敗であります。
そうこうしていたら、橋本龍太郎政権になり、省庁再編で郵政省を分断して潰す案ができました。郵便と通信放送の行政からなる役所だったのを、郵便は民営化して、僕がいた通信放送は独立委員会にする、つまりどちらも政府の外に出すという案でした。
そんな指令が出た時点で大失敗なんですけど、僕はいち課長補佐の分際で「その行政は政府のど真ん中に置いておくべきだ」というキャンペーンを張りまして。最後は政治決着で総務省に郵政省が割り込んで入った。僕的には大成功なんですが、霞ヶ関的に見るといち役人の反乱ということで、責任をとって役所を辞めたのが1998年のことです。
役所を飛び出し、教育の分野へ
中村 プータローになっていたところを、セガの当時の会長である大川功さんが拾ってくださって。MITのメディアラボにも参加しました。そこでは今のデジハリウッド大学の学長、杉山知之さんが先輩で、藤井先生もおられて。面白い時代でしたね。
セガでは世界で初めて通信機能を持つゲーム機を作ろうということで、ドリームキャストの開発に携わったりもしました。それがあんまり売れなくて、セガの経営は傾きましたので、失敗であります。
その頃の僕の最大の成果は、100ドルパソコンです。アスキー創業者の西和彦さんが設計したものを一緒にMITに提案したところ、すぐにプロジェクトになりまして。その後、アメリカの国家プロジェクトになり、発展途上国にも広がっていきました。途上国の小学校で1人1台普及させるという運動になって、ルワンダではお札にまでなりました。

日本に戻って2010年、元東京大学総長の小宮山宏さん、孫正義さんらとデジタル教科書教材協議会という団体を立ち上げて、学校でのパソコン1人1台、デジタル教科書導入の旗を振ったんですが、これもボコボコにされまして。教育を大きく変えることへの不安が大きかったんですね。既存勢力に負け続け、文科省も出禁になりました。だいぶ失敗であります。
それでもしつこいので諦めずにずっと運動を続けていたら、コロナが来て、GIGAスクールで一気に1人1台が実現しました。MITから数えると20年がかりでしたが、これは最終的には勝ったと思っています。
ポップとテックの対立
中村 MITからスタンフォード日本センターに移り、そこではポップとテックのプロジェクトを手がけたんですけれども、最大の成果はこれだと思っています。

蝶ネクタイを着けた僕の絵を描いてくれたのは、当時僕のアシスタントをしていたほしよりこさん。彼女は絵が可愛くて話も面白かったので、「漫画を描けば」とすすめまして、あっちこっちで人も紹介して。それで始まった連載が『きょうの猫村さん』です。もう23年続いている大ベストセラーですね。
国の仕事ではコンテンツ系を引き受けているんですが、ここでもいくつか失敗をしてご迷惑をおかけしました。代表例が海賊版対策です。2018年に政府が対策に乗り出して、僕と村井純さんが内閣府で座長を務めたんですが、会議が破裂しました。通信で規制する案が出て、それが揉めに揉めたんですね。著作権と通信の秘密という、どちらも憲法に根拠をもつ価値が対立して、結局最後に報告書を取りまとめることができず断念するという、未曾有の事態になりました。
このようにコンテンツとネット、あるいはポップとテックという、自分が大事にする両軸が対立して、間に立って調整がつかずに失敗するケースというのがままあるんです。今も生成AIを巡って「使う」「使わない」の引っ張り合いで、僕自身はすごく炎上しております。
ずっと追いかけてきたテーマであるAIやロボットの時代がきて、奴らが仕事を奪って、僕は超ヒマになる。その社会をどうクリエイティブに生きるかのアクションプランを『超ヒマ社会をつくる』という本で書いて、そのタイミングでiUを設立して現在に至ります。
日本のコンテンツ産業を世界へ
中村 今もうひとつ手掛けているのは、日本の持つポップなパワーを世界に発揮するというプロジェクトです。例えば、パリで開かれるジャパンエキスポは25万人が集まります。他にも漫画、アニメ、ゲーム、カラオケ、食べ物、ファッションなどなど、日本のことが大好きですというオタクイベントに参加する人は年間2千万人と言われているんですが、これを日本は戦略的なパワーにできていないんですね。

ビジネスでいうと、コンテンツの市場って13兆円くらいで、それ自体はさほど大きくはないんですが、海外市場だけで見ると6兆円で自動車に次ぐ第二の産業になっています。これにキャラクター商品や観光、電子機器など関連産業を合わせると100兆円を超えるんですね。つまり、GDPの5分の1を占めるようになる。
でも政府は経産省、総務省、文科省、外務省と縦割りで、民間も困っていまして。じゃあ民間でなんとかしようと、コンテンツやポップカルチャーの分野を底上げするために去年の4月に発足したプロジェクトがPPP(ポップ・パワー・プロジェクト)です。
まず産官学連携のゆるいコミュニティーを作って、漫画、アニメ、ゲーム、音楽、映画などのジャンルを横断して、クリエイターにプロデューサー、関係する業界団体全部、それから関係省庁の担当課長、大学などで研究している主要メンバー全員に声をかけて入ってもらって。そこに企業にも参加していただいて、人材育成やAI対策などのプロジェクトを手がけています。年末には高市総理も訪ねまして、政府はこれまで年間250億円だったコンテンツの予算を1千億円くらいまで引き上げてくれそうな勢いになっていますので、こちらも頑張ります。
AIは使いながら学ぶしかない
中村 AIのことをちょっと補足すると、AIの爆発はとても楽しいです。でも、自分の身が危ないとも思っています。知識ってもう学校に行かなくてもウェブとYouTubeでOKだし、授業よりもパーソナルなAI家庭教師でいいじゃないですか。そうすると、最初に仕事がなくなるのは大学の僕じゃないかと。
2022年の秋にChatGPTが登場して、直後に日本の大学は色んな反応を見せたんですよ。使うのか使わないのか、認めるのか認めないのか、どうしたらいいのか分からないドタバタした状況で、それぞれの大学がバラバラにガイドラインを作ったんですね。
ちょっと問題があるなと思ったのは僕が今も関わる慶應大学で、「AIの利用は他者の力を借りることと同じだ」と。それはそうなんですよ。でも、だとすると辞書やネット検索、本だってそうじゃないですか。それで「利用は認められません」って変だなと。

iUでもどうするか、教員が集まって議論したんですけど、出た結論は「推奨する」の4文字でありまして。まあ使えということですね。大人も先生も分かってないんだから、使いながら学ぶしかない。乱暴な考え方ではありますが、ベンチャー大学だからできることだと思います。
100年以上続く老舗企業の数は日本が世界一
中村 最後に、起業による新陳代謝も大事ですが、その真逆であるずっと続く伝統も大事だよな、と最近は思っています。僕のおかんは西陣の出身で、初めて和服を作ろうと思って20年ほど前におかんの高校の同級生の呉服屋に行ったんですよ。
京都の呉服屋って何もないんですね。おやじが反物を3本くらい持ってきて「選べ」と。選んでいると黒電話で「袴屋呼ぶわ〜」と。すると今度は袴屋が反物を2本持ってくる。選択肢が2つしかない。そうこうするうちに帯屋です、下駄屋です、足袋屋です、羽織の紐屋ですってじいさん連中がわやわや入ってきてですね。一人の客を囲んで「ひさしぶりの客やな〜」と楽しそうに茶を飲んでいる。
「お前んとこいつからあんねん」「うちは400年になりました」「若いな〜、うちは500年や」「あ〜、戦争の前からですね」って、京都の戦争って応仁の乱のことです。僕がMITやスタンフォード、ビジネススクールで聞いていたような、M&A、winner takes all、企業の寿命は15年から30年、みたいな話はまったくないんですね。分業でシェアリングで、だけど500年ずっとサステナブルなモデルと、どっちが強いのかなと考えさせられました。

西陣からちょっと行ったところに今宮神社があって、その門前にあぶり餅を出す茶店がありましてね。そこは創業が西暦1000年。1026年前からやっている、世界一古い喫茶店なんです。これ、老舗という、日本の持っているもう一つの強みですよね。100年以上続く会社は日本に5万社あって、ダントツの世界一です。最近良く聞くSDGsのSはサステナブルのSですよね。それで環境だ、エネルギーだって言うけど、自分の会社のサステナビリティーってどうなのよ?とアメリカの経営学に問い掛けたいところではあります。
さて、僕自身のiUでの学長としての任期はあと1年です。65歳で定年して退任になって、そこからまたプータローなので、その後どうしようかなと夢見ているところです。
作って作って、作ったものを組み合わせる
藤井 ありがとうございます。ええ、もう1年で退任ですか。そこからはヒマなじじいになる?
中村 だからもう、「無職」って名刺を今から刷っておこうと思ってましてね。
藤井 さっき出てきた本の超ヒマ社会ってそういう話じゃないんですか?
中村 そういう話です。だから、今度は超ヒマになって、AIやロボットも使いこなしながらいかにスリリングな生き方をするかっていうのも実践してみたい気になっています。

藤井 普通に生きたらあと20年いけるから。で、一人前になるのに大体10年でしょう。
中村 だから、もう1〜2発はできるじゃないかと思いますね。そういう意味で言うと、僕は色んなことをやってきたんだけど、やってることは結局ひとつで、作っているだけなんですね。で、今まで作ってきたものの組み合わせでiUを作ってみたんだけど、次はそれが一つだけじゃなくて、あっちこっちのすごい学校と連結してできることはないのかなと。藤井新学長とも相談したいと思っていたところです。
PPPを通じて実現したいこと
藤井 PPPも面白いですね。連携の場所ができて、日本のポップカルチャーを世界に持っていくっていう話ですよね。
中村 漫画は漫画、アニメはアニメ、ゲームはゲーム、音楽は音楽、映画は映画って、結局コンテンツと言ってもいまだに業界がバラバラの縦割りで。でも、横串を刺して考えないといけないこともあるじゃないですか。例えば海賊版もそうですし、AIも同じことが起きますよね。それぞれの業界で対応してもしょうがない。
ちょっとまとまった方が良いですよね、じゃあ集まりますか?と声をかけたらたくさん集まったので、そこでそれぞれやってみたいことをやったらどうですか、と。例えば人材育成。日本のコンテンツ業界に足りないのって圧倒的に作る人よりも売る人なんですよ。
藤井 デジハリでも、作る人たちはいるんだけど、それをちゃんとディレクションする人たちっていうのは薄いんだよね。業界全体でもやっぱり薄い気がします。

中村 IPやコンテンツクリエイターはたくさんいるのに、世界でビジネスをして回収できる、マネジメントやプロデュースができる人材がいない。それをちゃんと教えている大学が日本にはなくて。探してみたら、ハリウッド直結のビジネスクールでサンダーバードというのがあって。それを日本に誘致しよう、とかですね。
あとは、新しいアワードを設計できないかと言われていて。以前は文化庁のメディア芸術祭というのがあったんですけど、そういうのも今はなくて。例えばポケモンが今年30周年ですけど、ポケモンそのものを表彰する賞がない。音楽やゲーム、映画、それぞれの賞はあるけど、ポケモンってやっぱりポケモンじゃないですか。つまりジャンル横串でちゃんと表彰することはできないかな、ということで、今はそのプランを作ったりしています。
大学からビジネスを生み出す意味
藤井 杉山先生が作られたデジタルハリウッド大学とiUでは、やっぱり伊知哉さんが作りたいと思っていた教育システムが違うんですか?
中村 もっと産業界に近いと言いますか、産業界のプロフェッショナルと一緒にそこに混ざって即戦力みたいなものを生む、というのをやりたかった。モデルになっているのは杉山さんも僕もMITのメディアラボで。企業と一緒に教員が自分の好きなものを作って、そこに学生も入って、新しい価値を生んでいくという、そういうのをデジタルの世界でやってみたいなと思ったんですね。
藤井 実際に、iUでは企業との連携がどのレベルで実施されているんですか?
中村 少しずつ立ち上がってはいるんですけど、僕の想定よりもまだ遅くて、形になって出てくるのはこれからですね。
藤井 なかなか難しいですよね。

中村 ただ、それをうまくやってきたのがそれこそMITであったり、スタンフォードであったりなので。日本だってできるでしょう。そのための環境を作りたいというのが最大の狙いだったので。
藤井 既存の大学だと、どうしてもアカデミックなことが優先されてしまうし。
中村 基本はそうですね。でもそうじゃない例で、僕が慶應大学の時に手がけたプロジェクトのひとつがradikoなんです。あれって、もともとラジオ業界はやりたかったんだけれども、いきなりやると権利者である音楽業界からノーって言われる可能性が高かった。そこで、大学の実験としてやりましょうと。そうしたらリスナーのウケが良くて、業界でも良いじゃないとなって、ビジネスになって出ていったという。そんなものをたくさん生みたいなと思っています。
やっぱり自分で作りたい
藤井 それにしても、最近の学生を見ていて、自分がこの子たちの立場だったら何をやるかなって考えると、もう今はあまりにもできることが多すぎて、選べないと思って。
中村 僕も選べないと思います。一つ選ぶなんてもったいないことしたくないですよね。
藤井 でも、郵政省では事務次官にまでなるつもりだったんですよね。
中村 そうなんですよ。でもやっぱり振り返ってみると、とてもじゃないけど僕にはできなかったですね。僕は課長補佐で辞めたんですが、役所の話をしますと、課長補佐までがクリエイティブで、自分で案を作るんです。
藤井 なるほど。
中村 こういう法律を作りませんか?こういう予算を取りませんか?こういうプロジェクトをやりませんか?って。課長から上は、政治家や業界に説明したりして、その下から来たアイデアを実現するための仕事になるんで、全く向いていないわけですよ。自分でやりたがっちゃうはずなんです。自分で作りたいと思って。
中村さんにとっての「#現実とは」
藤井 今日は現実の話を全然しなかったんですけど、最後に伊知哉さんにとっての現実とは、をひと言でお願いします。

中村 僕にとって、現実はデジタルが挑戦する神だと思っています。デジタルをずっとやっているんですけれども、それって現実に近づこうとするテクノロジーとして高精細でリアルを目指すものだったり、現実と離れるためのめくるめくファンタジーだったりする。あるいは現実を超える、リアリティのあるメタバースのようなもの。
現実に近づいたり、離れたり、超えたりするためにデジタルというものがあって、だけどそれはまだまだ完成するのがう〜んと遠い先にあるっていう、神みたいな存在だなと思っています。
藤井 神ですか。伊知哉さんは何か宗教をお持ちなんですか?
中村 持ってないんですよ。でも今、とってもとっても興味がありまして。結局、ウェルビーイングって宗教で語らないとうまく語れないと思っているので、あれこれすごく勉強しているんです。
藤井 そうなんですね。
中村 なので、興味はあります。
(テキスト:ヨシムラマリ)
登壇者

中村 伊知哉
iU学長
1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策を担当後、退官し渡米。1998年、MITメディアラボ客員教授。2002年、スタンフォード日本センター研究所長。2006年、慶應義塾大学大学院教授。2020年4月より現職。
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藤井 直敬
株式会社ハコスコ 取締役 CTO
医学博士/XRコンソーシアム代表理事
ブレインテックコンソーシアム代表理事
東北大学医学部特任教授
デジタルハリウッド大学 大学院卓越教授
MIT研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター チームリーダーを経て、2014年株式会社ハコスコ創業。主要研究テーマは、現実科学、適応知性、社会的脳機能の解明
主催

