2025年6月24日、「現実科学レクチャー Vol.60」が開催されました。本ページでは、当日のレクチャーの様子をレポートとしてお届けします。
※本稿では、当日のトークの一部を再構成してお届けします。
VR空間に別の世界を作るアーティスト
藤井 本日のゲストは、XRアーティストのせきぐちあいみさんです。せきぐちさんは現実空間でも色んなところを行ったり来たりしているし、バーチャルと現実との間も行ったり来たりしていて、さらにそれらが混ざって、色々なレイヤーで生きていらっしゃるから、今日はお話を聞けるのを楽しみにしていました。
せきぐち 嬉しいです!よろしくお願いします。改めまして、せきぐちあいみと申します。私はバーチャルリアリティの空間の中に、360度に広がる3Dの絵を描くアーティストをしています。色んな国でライブペイントや、展示、制作をさせていただいております。
絵を描くというか、デジタルで別の世界を作るような感覚ですね。2016年に、その時はHTC VIVEだったんですけれど、初めて触って絵を描けると知った時に「なんだこれは!魔法じゃないか!!楽しい!!!」となりまして。6畳の部屋にいても、宇宙やテーマパークが作れるわけですよね。「これって誰かを別の世界に連れて行けるってこと?じゃあこれまでの鑑賞体験とは次元の違うものができるんじゃない?」と思って、すごく感動して。
当時はVRアーティストという仕事もなかったんですけど、こんなに可能性のあるものは間違いなく新しいジャンルとして確立するだろうと思って、初めて触ってから2週間くらいで肩書きを「VRアーティスト」にして。その1〜2ヶ月後にはもう、全部それでスケジュールが埋まっているという感じになりました。
どうすれば世界の広がりを伝えられるのか?
せきぐち 今、色々なところでやっているのは、私が見ているゴーグルの中の主観の映像を大きなモニターに出しながら行うライブペイントです。本当は、全員がヘッドマウントディスプレイを被って一緒に別世界に行くのが最高なんですよ。でも、現実的には難しいですよね。なので、擬似体験のような形で私のビューを共有しています。

これはドバイのイマーシブドームで、2万人くらい入るのかな?この360度のドームに私の視界を投影しながら、ザッと描くタイミングで音をバーンとまわしてもらうような、すごくイマーシブな体験になっています。でも、こういうのってその場の人にしか伝わらないよな〜と思いながらね。
本当に、ここに広がっている新しい世界や素晴らしい可能性っていうのは、スマホのこんな画角では伝わらないんですよ。VRで体験する時、私は天井とか足元とか、普段は気づかないようなところに臨場感を感じることが多いんですけれど。いかにこの中で奥行きを感じさせるか、世界の広がりを感じさせるかとなると、作るものが変わってきてしまうので、いつもそのジレンマと戦いながらやっております。
どうしてもデジタルに圧倒的に欠けるのは、温度感や霊性、神秘性です。そこに生身の人間が介在して動くことで、生命感や色んなものが補えると思っています。ライブペイントでは私の身体性が加わることで心に刺さるパフォーマンスを心がけていますが、メタバース空間では鑑賞する方が身体性を伴って入ることで、また別の生命力を補ってくれます。
身体性、霊性、官能性への模索
せきぐち やっぱり、人を別の世界へ連れて行ったり、人に新しい体験を届けたりしてその人の世界の認識をちょっとでも変えられたら、その人の想像力を解放するきっかけになれるんじゃないか、そうなったら幸せだなと思ってデジタルアートをやっているので。
ライブペイントでは、直感的に今ここに別の世界が出来上がっていくんだっていうのを、その場で感じさせられるわけですよね。それを、より人の心に突き刺して伝えていきたいと思った時に、最適な形ってなんだろうと。やっぱり、身体性、霊性、官能性っていう、人間の根源的な欲求や意識、そういったところに響くものにしなくてはと思うわけです。

私は、見ている人の直感に刺さるものを作りたいんですね。理屈じゃなくて感じるっていう。そういうものに作用するってどういう形なんだろう、デジタルで足りないところをどうすれば補えるんだろう、と考えながら模索をしています。
3Dスキャンをしてみたり、秋田のかまくらのお祭りで、本当に凍える中でかまくらの中に水神様を描かせていただいたりですね。この時は気温がマイナスで、寒すぎて手が震えちゃってね。まあそのように、日々色々トライしながら、現実というか、新しい世界の認識を広げています。
近づく現実とバーチャルの境界線
せきぐち ライブペイントの話に戻ると、同じ空間で身体性を伴って直感的に伝わる、ということに関してはやればやるほど可能性を感じています。今はAIもあって、人間として作るものって何であるべきなんだろうと感じることが多いからこそ、より一層思います。身体性を伴って、その場の空気を震わせて感じられて、作るプロセスそのものを一緒に体験できるのは人間にしかできないことなんですよね。なので、そこはものすごく重要だと感じています。
そのプロセスに関しては、Apple Vision Proが出てきて私は大感動しています。ハンドトラッキングの精度、アイトラッキングの精度、カメラ、スピーカー、マイク、一つ一つの精度の高さが素晴らしいんですよ。あと、ディスプレイの解像度ですね。解像度って結局、デジタルと現実の境界線を揺るがす大きな鍵じゃないですか?
ハンドトラッキングも、私は今までコントローラーを握って描いていたんですよ。でもそうすると、表現のパワーが狭い範囲にとどまってしまう。だけど、自分の手を使って表現していくと、届く範囲や、自分のエネルギーの流れ方みたいなものが全く変わってくるわけです。そこには、新しい魔術や呪術を本当に手にしたような、ものすごく大きな可能性を感じています。

こちらは以前、鎌倉の銭洗弁天を3Dスキャンしてそこに絵を描いたものなんですけど、この時はまだ現実とデジタルを見間違えるほどではありませんでした。今はもう、私でもだいぶ間違えるくらいのレベルになってきているので、ワクワクしますね。やれることがどんどん広がっているなという感じです。
何も信じられない世界で持つべきもの
せきぐち ただ、藤井先生がおっしゃっているように、その上で人のことを良くも悪くもいじれちゃうな、ということは私も身をもって感じています。自分の現実というものを認識して、そこからどう守っていくべきなのか。
先ほどの私が大感動しているVison Proで、アフリカでライブペイントのパフォーマンスをやりまして。とっても好評で、すごく勢いを感じました。若者もいっぱい集まってくれて、質問もとても多かったです。で、翌日には宮殿にもきて欲しいと言われてそのままパフォーマンスをしに行ったりしました。
異国の色んなところに行って、実際に見せて何かつかむっていうことは、私はすごく多いんですね。これからは、これが大事だなと感じていて。ドバイにもよく行くんですけど、もう色んな国の人が有象無象入り混じっているわけですよ。で、信頼できる人、ちゃんとした人をみんな演出している。自分はこんなすごい人間だぞって。でもフォロワーなんて買っている人ばっかりですよ。
そうなると、信頼できるのってもう本当に自分の身近な人の紹介、もしくは国とか誰もが知っているような機関の太鼓判がある、それか目の前で見せてくれるものがあるっていう。なんかね、すごく原始的な感じになっているなと。これはどんどんグローバル化が進んで、ネットでみんながつながって、日本にも色んな国の人が増えるってなると、どこもかしこもそうなってくるなと思います。
身体性が拡張される感動
せきぐち こちらは、大阪・関西万博で武藤将胤さんとご一緒したステージです。武藤さんはALSの当事者で、筋肉がだんだん動かなくなってしまう難病ですけれども、視線のトラッキングでDJをしてくださっています。この時はDJだけでしたが、他ではDJやりながら脳波でロボットアームを操作して、筋電でアバターを動かしてっていうのもやっていて、もうスーパーマン。本当に素晴らしい方です。

最近、私もアイトラッキングをよく使うようになりまして。このイベントの時はまだボタンを手で押して操作していますが、この直後くらいから色のチェンジとか、アンドゥーとか、線の太さを変えるとかっていうのを、目で見て動かすのを始めまして。もうこれが最高!腕がもう1本生えたような身体性の拡張を身をもって感じていて、私は幸せでたまらないわけですよ。これは、私以外の人も今、色んなところで味わっていると思います。
だってこんな、自分の感覚が大きく広がる体感が持てるなんて、普通は赤ちゃんの時しかないですよ。だからそれを味わえる喜びと素晴らしさの反面、恐ろしさも感じますね。何かとんでもない危険もたくさん孕んでいるっていうのを、みんな薄々は実感している。無意識に作用するようなすごい力を受けているので、それを歪ませるとか閉ざすとか、悪い方向に転換させていくことも可能なんですよね、残念ながら。それとどう付き合っていくべきなのか。
世界の認識や人の可能性を広げる
せきぐち それから、介護施設や特別支援施設にも行っています。ご高齢の方とか、車椅子の子、体の動かない子も、どこの国でもみんなすごく楽しんでくれます。もう普段はそんなに動かさないっていうくらい、体を動かしてね。
私はそういった可能性を広げていくことで、見た人に「どんなことでも超えていけるんだな」って思ってもらえたら嬉しいし、この子たち一人一人がクリエイティブなことをしていくというのが現実的にもうできることなので。一緒にコラボして具現化していけたらいいなと思って、実際にやっています。例えば、このカウカブちゃんっていう耳の聞こえない子と、離れた場所にいながら同じデジタル空間で一緒に絵を描いてみたり。

で、もちろん世界中の子供をつないでいきたいわけですよ。障害とか色んなことを乗り越えて、一緒にクリエイティブなことを楽しんでいくのもありますけど、ただ単に遊ぶだけでもすごく効果的だと思っていて。子供たちの差別とか偏見とかの概念から変えることができると思うんです。
もうすでにRobloxなどで当たり前にやりだしていることなんですけど、画面を見るのと比べて、ヘッドマウントディスプレイを被ってアバターとして会うっていうのは、脳の認識が間違いなく強いじゃないですか。その感覚で異国の子と遊ぶのは、心に確実に残る。脳に作用する価値観の変化を届けられるなと思うわけです。
3Dに自由に絵を描く感覚
藤井 ありがとうございます。初めてVRで描いたのって、Tilt Brushですよね。最初からああいうふうに、上手にできたの?
せきぐち あの、3Dペンって分かりますか?プラスチックが溶けてにゅーって出てきて形が描ける。あれを何年かやってまして。
藤井 いわゆる、フリーハンドの3Dプリンターですよね。
せきぐち そうです。そのメーカーからオフィシャルで依頼されて作っていたりとか。あと、お花をちょっと活けていたりもしたので、その辺が活きたかなという感じですね。
藤井 たしかに、言われてみれば同じだよね。
せきぐち でも、あれは物理的にインクが詰まるからゆっくり描かないといけないし、ちっちゃいものしか作れないっていうのがあって。それをやっていたからこそ、自由に描ける喜び、空間になかったものが生み出せる魔法のような感覚っていうのはめちゃくちゃありましたね。

藤井 僕なんかは最初に手を出すけど「こんなもんか」で終わっちゃうので。それを面白いって言ってやりこんでいくのは、間違いなくせきぐちさんの才能だよね。やっぱり、僕なんかより五感も尖ってるように見えるんだけど。
せきぐち でも、日本庭園の人なんかは私よりもっと優れた感覚を持っているんじゃないかと感じていて。庭園って広くて、でも自然と調和しながら、どこから見ても美しくてバランスが取れていて、そういったものを作れる感覚。生け花も、盆栽にしてもそうですけど、昔から日本人にはあるんじゃないのかな?と思ったりします。
デジタルな世界の軽さ
藤井 今日の話でね、神性とか霊性ってことが出てくるのがちょっと意外だった。
せきぐち そうですか。そうですよね。なんかその辺って、どこまで出していいのか分からないところですよね。でも自分は重要だなと思っていて。私は休みの日とかに巨石を見に行くのが好きなんですけど、大きな自然石こそ至高だなと。この宇宙や自然が何万年、何億年とかけて作ってきたもので、どんなに技術が進歩しても再現性がなくて、永続性とか、圧倒的な霊性、神秘性みたいなものがあって。
でも、ここから感じる要素ってデジタルには圧倒的に欠けているものだなと思って。どうすればデジタルにその要素を込められるかを模索して、自分の命を混ぜちゃうのが一番強烈だよなと思ってやっています。
藤井 命を混ぜるっていうのは?
せきぐち 生きている私そのものがライブペイントをして、感情や思いを込めた線ってやっぱり伝わるじゃないですか。
藤井 せきぐちさんって、前からそういう人だった?

せきぐち でも、途中からかもしれないです。デジタルの作品に重さがないみたいな。その軽さを何とかしたいなと思っているうちに、自然と子供の頃から好きだった巨石とか山とか、庭園とかが結びついた感じですかね。
結局、自分が何かを体験するしかない
せきぐち だからなんだろう、私はあんまり頭で考えることに自信はないので、とりあえず色んなことを経験して試して、その中から見つけていこうって。何事もそうなんですけど。アマゾンの奥地でシャーマンの儀式を受けて、木の根っこを煮詰めたやつを飲んで、一晩中なんかの精霊の歌を聞かされてゲーゲー吐き続けながら幻覚をめっちゃ見るっていうのをやってみたり。
藤井 すごいね。今どきのAIの逆なんだね。
せきぐち でも、これからみんなそうなるんじゃないですか?AIが他はやってくれるから。
藤井 AIができて、僕らが生きてる世界って全部言葉になっちゃってるなって思ったんだけど、でも言葉以外のところはいっぱいあって。せきぐちさんが言っているような、自分で体を動かすとか、行ってみるとかでしか理解できない、表現できないことがあるのかな。
せきぐち それくらいしか、人間らしいところってないのでは?という気がしますね。
藤井 そういうことを、デジタルアートをやっているせきぐちさんが言うのがすごく面白い。

せきぐち なんでしょうね、つながるかどうか分からないけど、濃い点みたいなものを色んなところにガチッと打っておくと、思わぬところでつながって。想定内のコネクティングドットって楽しくないじゃないですか。意味が分からないところにガツンって打ってるとつながったときに新しいものが生まれますもんね。だから、謎体験はしておくべきですよ。
藤井 人間って、偉そうなことを言っても自分が何かを体験するしかないんだよね。
感覚を研ぎ澄ませることで違和感に気づく
藤井 さっきね、怖い怖いって言ってたでしょ?それが何についてなのか。
せきぐち 巧妙なハッキングの手口とか。それの防ぎようのないもの、無意識のうちにやられることが全然起こりうるなというのが感じられるので。
藤井 そういう怖さね。
せきぐち そこでもやっぱり、感覚を研ぎ澄ますと違和感に気づけるっていうのはありますね。例えば武術の練習をした後とか、山に行った後とか、そういう時にデバイスを被るといつもだったら気にならない誤差、ディレイが明確に感じられたりとか。多分、山の中で生活している人や武術の達人みたいな人って、デバイスが発達しても違和感に気づけるんじゃないですかね?イタチごっこかもしれないですけど。
藤井 でも、やっぱり暮らしている場所や環境が変わるとかね、何かトレーニングを受けると感覚が変わるっていうのは、多分本当ですね。
せきぐちさんにとっての「#現実とは」
藤井 では最後に、せきぐちあいみさんにとっての現実とはなんでしょう?
せきぐち 結局、自分の脳が見たい世界を見ているんだと思います。なので、私はその脳の世界をちょっとでも解放させるきっかけ作りを人に対してできたら嬉しいなと思っています。
藤井 その時の現実って、自分で主体的に作るんですかね?それとも受けるんですかね?

せきぐち どっちかな?と思いながらやっています。アフォメーションってあるじゃないですか。こういう自分でありたいみたいなのを声に出して読むとか、映像で見るとかっていう。あれを体感するのが一番いいんじゃないかと思って。3Dではまだ作れていないんですけど、なるべく大きな画面に出して、他の情報を遮断して見るようにして実験していて、これはいい気がしています。何か、受動的でありながら能動的にできるんじゃないかと思って。
藤井 そういう、自分の使命や役割みたいなものが見えているっていうのは、とてもいいことだと思います。
せきぐち ちっちゃい話なんですけど、幼稚園の時に絵が大好きで毎日描いていて、それで「あいみちゃんすごい」って言われていて。でも、幼稚園の教室の後ろに夢を貼り出す日があったんですよ。そこで「絵描きさんになりたい」って書いたら、「絵は仕事にならないよ」って言われて。今までみんな褒めてくれてたのに。それですっごい恥ずかしくなっちゃって。もう明確に覚えてるんですよ。
ちょっと一歩離れてみたらめちゃくちゃどうでもいいことなのに。なので、人の世界とか認知とか視野を広げていくってことは、本当に人生の豊かさにつながるとすごく感じるので。違う次元に意識がいくきっかけをみんなに分かりやすく、直感的に届けていきたいなと。なんか、自分自身がそういうものに助けられてきて。XRもあるし、その前のパソコンだったり、インターネットだったり、色んなものに開いてもらって、まともに生きられるようになったと思うので。
藤井 いい話じゃない。
せきぐち お恥ずかしい。人に対して気後れするばっかりで、あまり生きている意味を感じられない方だったので。だからこそ、こういうものに頼るんでしょうね。
藤井 いやいや、面白いですよ。ありがとうございます。
(テキスト:ヨシムラマリ)
登壇者

せきぐちあいみ
XRアーティスト
2016年からVR空間に3Dの絵を描くアーティストとして活動。
アート制作やライブペイントオファーを世界13カ国から受ける。
2021年「Forbes Japan 100」に選出される。ドバイ政府認定アーティスト

藤井 直敬
株式会社ハコスコ 取締役 CTO
医学博士/XRコンソーシアム代表理事
ブレインテックコンソーシアム代表理事
東北大学医学部特任教授
デジタルハリウッド大学 大学院卓越教授
MIT研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター チームリーダーを経て、2014年株式会社ハコスコ創業。主要研究テーマは、現実科学、適応知性、社会的脳機能の解明。
主催
