デジタルハリウッド大学と現実科学ラボがお届けする「現実科学 レクチャーシリーズ」。
「現実を科学し、ゆたかにする」をテーマに、デジタルハリウッド大学大学院 藤井直敬卓越教授がホストになって各界有識者をお招きし、お話を伺うレクチャー+ディスカッションのトークイベントです。
Twitterのハッシュタグは「#現実とは」です。ぜひ、みなさんにとっての「現実」もシェアしてください。
概要
- 開催日時:2023年1月17日(火) 19:30〜21:00
- 参加費用:無料
- 参加方法: Peatixページより、参加登録ください。お申込み後、Zoomの視聴用リンクをお送りいたします。
視聴専用のセミナーになりますので、お客様のカメラとマイクはオフのまま、お気軽にご参加いただけます。
ご注意事項
- 当日の内容によって、最大30分延長する可能性がございます。(ご都合の良い時間に入退出いただけます。)
- 内容は予期なく変更となる可能性がございます。
- ウェビナーの内容は録画させていただきます。
プログラム(90分)
- はじめに
- 現実科学とは:藤井直敬
- ゲストトーク:宮下芳明氏
- 対談:宮下芳明氏 × 藤井直敬
- Q&A
登壇者
宮下 芳明
明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科教授・学科長。
イタリア国フィレンツェ生まれ。千葉大学にて画像工学、富山大学大学院にて音楽教育を専攻、北陸先端科学技術大学院大学にて博士号(知識科学)取得、優秀修了者賞受賞。2007年度より明治大学理工学部に着任。2013年度より総合数理学部に移籍、現在に至る。
2020年 総務省「異能vation」に採択。第24回文化庁メディア芸術祭で「味覚メディアの夜明け」が審査委員会推薦作品に選出。画面に映った料理の味を出力する「味わうテレビ TTTV」がInnovative Technologies 2021 Special Prizeを授賞。塩味を1.5倍に感じさせる食器「エレキソルト」がInnovative Technologies 2022 Special Prizeを授賞、「エレキソルト」はキリンホールディングスが2023年中の発売を目指しており、日経トレンディ 2023年 ヒット予測で4位となっている。
明治大学 宮下研究室 https://miyashita.com/
宮下芳明Twitter https://twitter.com/HomeiMiyashita
藤井 直敬
医学博士/ハコスコ 代表取締役 CSO(最高科学責任者)
XRコンソーシアム代表理事、ブレインテックコンソーシアム代表理事
東北大学医学部特任教授、デジタルハリウッド大学学長補佐兼大学院卓越教授
1998年よりMIT研究員。2004年より理化学研究所脳科学総合研究センター副チームリーダー。2008年より同センターチームリーダー。2014年株式会社ハコスコ創業。
主要研究テーマは、現実科学、適応知性および社会的脳機能解明。
共催
人間の表現能力の拡張に挑む、宮下さんの研究とは
第31回 現実科学レクチャーシリーズは、明治大学 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科 教授の宮下芳明さんに登壇いただきました。宮下さんの研究テーマは「人間の表現能力の拡張」です。もともとシンセサイザーをきっかけとして、コンピューターが人間の能力を拡張できることに感銘を受けていたという宮下さん。音楽やCG、ゲームなどの技術を軸として、現実世界とデジタル技術を組み合わせたコンテンツの制作などを行ってきたといいます。
そんな宮下さんは10年ほど前から、研究室に所属する大学院生の発案により、人間の味覚に着目した研究に取り組んできました。まだ先行研究の少なかった電気味覚(舌が電気刺激を受けた際に感じられる味覚)と呼ばれる分野を切り拓き、研究成果をもとにさまざまなプロダクト開発も行ってきました。
その中でも現在特に注目を集めているのが、2023年末に発売予定の「エレキソルト」というスプーンとお椀です。このカトラリーは舌に微弱な電流を流し、ナトリウムイオンの動きをコントロールすることで、塩味を強調できる製品です。薄い味付けでもしっかりと塩味を感じることができるため、病院など減塩が必要とされる場面などで活躍するプロダクトとなりそうです。
研究でひらけた「新たな表現領域」としての味覚
「エレキソルト」を開発するまでには、さまざまな研究とアイデアの積み重ねがありました。宮下さんは電気味覚の研究やプロダクト開発を進めるにあたって、シンセサイザーなどの視聴覚メディアの歴史や技術からインスピレーションを受けていたと語ります。
例えば、視覚メディアでは画像を構成する最小単位として「ピクセル」を使います。同じように、味覚の世界でも「味のピクセル」と呼べるような構成要素を実現できないかと考えたのです。
私たちが色を識別できるのは、光から赤、緑、青の波長を受け取る錐体細胞が目の網膜に存在しているからです。味の識別も同様の仕組みで成り立っており、舌上の受容体が基本五味と呼ばれる甘味、塩味、酸味、苦味、うま味を感じ取っています。宮下さんはこのような舌の受容体に対応させて味を構成することができれば、「テレテイスト(味の転送)」や全く新しい味の創出が可能なのではないかと考えました。
そのような発想のもと、他大学の研究なども参考にしながらつくり上げたのが「味のイコライザ」や「味の補聴器」です。味のイコライザでは、特定の味を減らしたり、ブーストさせたりすることができます。味の補聴器では、基本五味のうち最も強い味を際立出せることが可能です。
また、私たちが日ごろ使用しているプリンターをヒントに、味覚センサーでさまざまな食材の味を分析することで、パンやおにぎり等の見た目も味も変える「TTTV2」といった味覚表現専用のプリンターも開発しました。さらに、プリンタの開発過程で出た意見をもとに、甲殻アレルギーを持つ人でも食べられる、カニを一切使わずにカニクリームコロッケの味を再現する技術なども開発しました。
宮下さんは電気味覚の研究を進めてきたことで、味覚が「表現の新領域」となり、100の10乗(1垓)という膨大な組み合わせの味を表現できるようになったと語ります。音楽制作で使用するシンセサイザーや専用の編集ソフトのおかげで、自然界では聴いたことのない音を表現可能になったように、味覚もデジタルの力を使うことで、自由な表現と新たな可能性を切り拓けるかもしれません。宮下さんは「膨大な味空間の中で、人類が体験したことがないけれど『美味しい』という味を生み出せたらいいなと思っている」と語り、レクチャーの時間を終えました。
3つの食材の味を身近な調味料で再現。はたしてその精度は?
対談パートに移ると、まずは宮下さんが調合したという「謎の白い粉」を藤井教授が試食しました。謎の粉末は3種類。ある3つの食材の味を味覚センサーで分析し、明らかになった構成要素をもとに、身近な調味料で再現したものだといいます。
藤井教授がまず試食したのは、ホットミルクに振りかけることで「カニクリームコロッケの味」となる粉末です。
藤井教授がテイスティングしてみると、「本当にカニクリームコロッケになっている」と驚きを隠せない様子でした。
宮下さんは「この粉末は牛乳の成分と本物のカニクリームコロッケの成分の差を埋めるようにして、調味料を調合している。この粉を使ってホワイトソースをつくれば、甲殻アレルギーの方でも食べられるカニクリームコロッケがつくれるはずだ」と解説しました。
続いて藤井教授が試食したのは、梅味を再現した粉末です。おにぎりに付けて食べてみると、「梅干し味のおにぎりになっている」と藤井教授は話します。また、多くのファンに愛されているスナック菓子に近い味も再現できたといい、藤井教授はその粉も試食してみると「たしかに近い味になっている」と驚いていました。
味覚はエンターテインメント。膨大な味空間から新たな「おいしさ」は見つかるか?
藤井教授は宮下さんの研究に大きな期待を寄せ、「100の10乗分の膨大な味空間を探索してみたい。本物の食べ物は、噛むことと時間の経過で味が変わるが、そのような複雑性をこの技術が持てるようになると、チューブから出てきたものを噛んでいるうちに美味しい肉の味がしてきたという世界も実現できるのではないか」と考えを述べました。
その話を受け、宮下さんは「現状は研究や技術にも限界がある」と解説しました。研究の中では牛乳味の再現も試みたそうですが、どうしても上手く再現ができなかったのだそうです。また、味覚センサーで味を分析してカレー味の粉を調合できたとしても、現在の技術ではカレーを完全に再現した別な物質をつくるのは難しいと宮下さんは語ります。なぜなら、味覚は嗅覚や視覚からも、大きな影響を受けているからです。
「基本五味だけでは限界があり、人間の味の受容機構はまだ解明できていない部分がある。そのことを、研究やプロダクト開発の中で知ることができた。食体験は嗅覚、食感、視覚など、要素が総合的に絡み合っている。現在の技術では全部を再現できるわけではない。まだまだこれからだと思っている」と宮下さんは研究への想いを話しました。
藤井教授はさらに、「宮下さんの研究は天然資源・天然素材に依存しない形での味覚という新領域を切り拓くものであるように感じる」と述べました。宮下さんは食糧不足が叫ばれている世界で、自身の研究は「これまでの食文化や味を継承しながら、持続可能な世界にしていくための重要なテクノロジーになると考えている」と将来的な展望についても触れました。
そして、「味覚はエンターテインメント。味で人を幸せにできると思う。映画のような長編エンターテインメントのような味をつくれたら」と宮下さんの今後への意欲を語り、本日のレクチャーシリーズを終えました。
宮下さんにとっての「現実」とは?
最後に、宮下さんにとっての「現実とは」をお伺いしました。
宮下さんは現実を
「感覚器をメディアとしたコンテンツ」
と定義しました。
私たちは光や味に対応した受容体をもとに、現実世界を感じ取っています。受容体があるからこそ電気刺激で味を制御できるように、テクノロジーを使えば、これまでの感覚の再現だけでなく、新しい感覚をつくり出すことができるのだと宮下さんは語ります。「シンセサイザーで聴いたことがない音を出せるように、食べたことのない美味しい味をアウトプットしてみたい」と、宮下さんの今後の研究への想いをお伺いし、盛況のうちに本日のイベントが幕を閉じました。