現実科学レクチャーシリーズ

Vol.12:加藤直人先生レクチャー(2021/5/20開催)

現実科学ラボでは、各分野で活躍している専門家を招き、共に「現実とは?」について考えていくレクチャーシリーズを2020年6月より毎月開催しています。

第12回となる今回は、2021年5月20日、cluster株式会社 CEOの加藤直人さんをお迎えしました。また後半のパネルディスカッションでは特別ゲストとして、現実科学ラボレクチャーシリーズ Vol.1のスピーカーであり、東京大学 教授の稲見昌彦さんもお迎えしました。本記事では、当日の簡単なレポートをお届けします。

Twitterのハッシュタグ「#現実とは」にて、参加者のみなさんにとっての「現実」をを見ることができます。

【登壇者】

加藤直人氏
加藤直人
クラスター株式会社CEO
京都大学理学部で、宇宙論と量子コンピュータを研究。同大学院を中退後、約3年間のひきこもり生活を過ごす。2015年にVR技術を駆使したスタートアップ「クラスター」を起業。2017年、大規模バーチャルイベントを開催することのできるVRプラットフォーム「cluster」を公開。現在では、イベントだけでなくオンラインゲームを投稿して遊ぶこともできるバーチャルSNSへと進化している。経済誌『ForbesJAPAN』の「世界を変える30歳未満30人の日本人」に選出

稲見昌彦氏
稲見昌彦
東京大学 総長補佐・先端科学技術研究センター教授 1972年生まれ。1999年、東京大学大学院工学研究科博士課程修了。電気通信大学知能機械工学科教授、マサチューセッツ工科大学コンピューター科学・人工知能研究所客員科学者、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授等を経て2016年より現職。人間拡張工学、エンタテインメント工学に興味を持つ。超人スポーツ協会発起人・共同代表。著書に『スーパーヒューマン誕生』(NHK出版)がある。

藤井直敬
藤井直敬
医学博士/脳科学者
株式会社ハコスコ 代表取締役
東北大学特任教授/デジタルハリウッド大学大学院 教授
一般社団法人 XRコンソーシアム代表理事
東北大学医学部卒業、同大大学院にて博士号取得。1998年よりマサチューセッツ工科大学(MIT)McGovern Institute 研究員。2004年より理化学研究所脳科学総合研究センター所属、適応知性研究チームリーダー他。2014年に株式会社ハコスコを創業。
主要研究テーマは、BMI、現実科学、社会的脳機能の解明など。

現実科学とは

現実科学ラボ・レクチャーシリーズは、デジタルハリウッド大学さまの提供でお届けしています。

 

 

 

 

clusterをやっていて「現実」を意識した瞬間

物理学者のリチャード・ファインマンは、「What I cannot create, I do not understand」(私が自分で作れないものは、私が本当の意味で理解していないものだ。)という名言を残しました。かつて京都大学大学院で物理学を学んでいた加藤さんは、このファインマンの言葉に感銘を受け、そこから「もしも『現実』をつくることができれば、『現実』を理解することができるのではないか?」と考え始めます。

現実をつくる技術といえば、そう、人工現実感とも訳されるVR(Virtual Reality)。加藤さんはこれまで、バーチャル空間に多人数で集まることのできる場「cluster」の開発を通じて、VR技術に携わってきました。

clusterという「バーチャルSNS」に携わる中で、加藤さんは「現実とは」という問を強く意識した瞬間に何度も直面したそうです。

最初の事例は、輝夜月のライブを筆頭に、バーチャルシンガーがclusterに作られたステージの上でパフォーマンスをしている姿を見たユーザが発した「確かに彼女はそこにいた、存在した」といった熱量のある感想を聞いたときです。

「存在した」という実感は、そのユーザにとってそれが「現実の出来事」であったことを物語っているのではないか。ユーザの熱狂的なコメントは、現実とはどういうものなのかを加藤さんに考えさせる最初のきっかけになったそうです。

 

また、clusterでかつて行われたイベントの一つにおいて、女性の演者が「現実のイベントではスカートを履かせてもらえない」というコメントをこぼしたとき、加藤さんは「現実の不便さを如実に意識した」と語りました。

他にも、clusterにかつて存在していた「アーカイブ機能」を体験したとき。アーカイブ機能とは、バーチャル空間で行われたイベントの時空間情報(イベント会場内の演出や、ユーザと演者の振る舞い)を再生可能な形で記録しておくことで、後からそのイベントを「追体験」することができる機能(現在は非公開)のこと。

加藤さんは、この時空間的なアーカイブ機能を利用したとき、「自分は今、過去の自分に会っている」という感覚を覚え、時間という次元にメスを入れられた手応えを感じたそうです。

そして最後に、cluterユーザの中にいる、現実空間とバーチャル空間のそれぞれで過ごしている割合が「ひっくり返っている」人を見たとき。バーチャル空間で過ごしている時間の方が多い人たちは、いわば「基底となる現実がひっくり返っている」状態と言えるかもしれません。

このように、VR技術に携わりながら「つくる」ことを続けていると、我々が無意識のうちに想定している「現実」が揺らぐような瞬間に度々直面することになります。

「VRへの憧れ」の正体?

clusterという場を運営していく中で加藤さんは、多くのユーザがVRに対して極めて強い期待を抱いていることを実感したそうです。ほとんど全ての人がVRに夢見てしまうのは、一体なぜなのでしょうか。これに対して加藤さんは、現実への無力感がその原動力になっているのではないかと考察します。そしてその無力感の一つの要因に、物理法則という「拘束」があるのではないか。

clusterで行われているライブイベントなどの演出では、物理法則を完全に無視した演出よりも、物理法則をある程度反映しつつ絶妙なバランスで非現実的な要素が織り込まれた演出の方が感動が生まれやすいのだそうです。ひょっとすると、VRで人が感動するためには、物理法則という我々を縛る枷がどのように打ち破られたかを目の当たりにし、納得することこそが重要なのかもしれません。

 

それでは、現実を本当に「つくる」ためには、物理現象の完全な理解が必要になるのでしょうか?

ファインマンは「自然を完全にシミュレートするためには、量子力学の原理でコンピュータを作らなければならない」と言いました。この言葉は、量子コンピュータ研究を萌芽させたものの、量子コンピュータが技術的に完成するのはまだまだ遠い未来の出来事。こうした技術発展の途方もなさに無力感を覚えた加藤さんは、次第に引きこもるようになっていったそうです。

引きこもりで薄れる現実感

加藤さんの引きこもり生活は、大学院中退後、3年間に及びました。対面で会話する人の数は年間で数人。ゲームや読書などに没頭する日々の中で加藤さんは、それらの物語の中では現実感を得られるものの、日常生活では何か、現実感とでも呼ぶべきものが薄れていく感覚を覚えたのだそうです。

この現実感の薄れは、加藤さんがcuster株式会社を起業し、他者や社会との繋がりを取り戻していくにつれて回復していきました。ひょっとすると、現実感を保つ上で社会性は重要な役割を果たしているのかもしれません。clusterという場は「そうした社会性と現実に関する実験場として最適なのかもしれない」と加藤さんは語ります。

人類の創造力を加速する

加藤さんは講演の最後に、人の創造性について語りました。紙の発明は、人類の創造力を最も加速したメディアの一つです。紙はそこに言葉を書き記して虚構を保存することもできれば、それ自体を折って、ちぎって、投げて、何かを表現することもできます。

2021年の現在、テクノロジーの発展によってアラン・ケイが予言した「Dynabook」が日常化しつつあるものの、スマートフォンやタブレット端末は、紙の「次」のメディアだと言えるでしょうか?加藤さんはそれに対してNoと答え、注目すべき技術としてVRを挙げました。バーチャル空間は「折って、ちぎって、投げられる」柔軟性を持っており、人々の創造性を既に加速させています。

clusterもその一つ。cluterは、ユーザが自らバーチャル空間をつくり、共有することのできるプラットフォームです。そこでは、「現実をつくる」が繰り返され、繋がり、蓄積されています。そこでは人々の手によってたくさんの「現実」が生まれ、試され、語られているのです。加藤さんは「『つくる』ためのエコシステムこそ、現実とはなにかという真実に肉薄するための鍵となるかもしれない」と語り、講演を締めくくりました。

加藤直人さんにとって、現実とは

「現実をつくる」というプロセスを経ることによって到達する何か

 

講演終了後には、1時間におよぶ熱いパネルディスカッションが繰り広げられました。