はじめに ― 本趣意書の要約
デジタルハリウッド大学は2026年7月、学内に「現実科学研究所」を設立する。本研究所は、研究が生んだ知を社会に実装し、実装が新たな学びと次の研究を生む「知の循環」を駆動するための場である。
現実科学とは、ヒトの主観、すなわち脳によって構築される個々人の「現実」を科学の対象とし、その仕組みを解明して社会に応用する学問である。現実編集とは、その中核となる実践であり、「動かない」と思い込まれてきた前提や境界を意識的に見直し、別のかたちへ組み直す技術を指す(詳細は第2章、巻末に用語集)。
なぜ今か。テクノロジーは現実とフィクションの間を連続したスペクトラムでつなぎ、生成AI・XR・脳科学は「人間にしかできないこと」を書き換え、万人共通の「正しさ」は失われつつある。この時代を生きる私たちには、「現実は人によって違う」という事実を直視し、それを扱える知と技術が必要である。
本研究所は、研究者・クリエイター・産業界・行政が一つのテーブルに集う産官学連携の実験場として、この知の循環を研究・実装・教育・発信の四機能で回し、10年で「未来をつくる知のインフラ」となることを目指す。
本趣意書は、この構想への賛同と協力を関係各位に願うものである。具体的には、次のかたちでの参画をお願いしたい。
- 産業界の皆様:共同研究・PoC・新規事業創出プロジェクトへの参画
- 学術コミュニティの皆様:客員研究員・クロスアポイントメント等での研究参加
- 行政・公的機関の皆様:政策との接点づくり、実証フィールドの提供
- 教育機関の皆様:高大連携・リカレント教育での連携
- すべての皆様:レクチャーシリーズやカンファレンスへの参加、発信の輪への協力
第1章 設立の背景
1.1 共同幻想が機能を失った時代
朝起きてニュースを見れば、戦争、AIの急進、不安定な経済。昨日まで信じていた「正しさ」が、今日は通用しない。SNSを開けば、同じ出来事についてまったく違う解釈が並んでいる。会社では世代によって価値観が噛み合わず、家族のあいだですら共通の「常識」が薄れていく。万人共通の正しさが失われ、多くの人が「自分一人に何ができるのか」という見えない無力感のなかで一日を終えている。
しかし、本当にそれで良いのか。
1.2 「答えがない」を「自由」へ反転させる
「答えがない時代」は、見方を変えれば「自由な時代」でもある。誰かが決めた正解に従う必要がない。会社の常識、業界の慣習、世代の物差しが揺らいでいる今こそ、自分のやり方で何かを始められる絶好のタイミングである。
ただし、自由は勝手に降ってくるものではない。すでに目の前にあっても、自分から掴みに行かなければ通り過ぎてしまう。本研究所は、そうした新しい知に「手を伸ばす」「体験する」「循環させる」場として設計されている。
1.3 現実科学を中核とする産官学連携拠点として
デジタルハリウッド大学は1994年、「すべてをエンタテインメントにせよ」を掲げて杉山前学長によって創立された。デジタル技術で人を解放し、感動を生み出す。この精神を、当大学は30年以上、クリエイター・起業家・研究者の育成を通じて守ってきた。
そして今、時代は再び大きく動いている。だからこそ私たちは問い直す。この大学は、これから何を作り、何を学び、何を社会に届ける場なのか。
その精神を受け継いだ藤井直敬が掲げる新しいミッションは「世界を満たせ:Fill the World」。あなたの可能性で、世界に新しい価値を実装していく。これを呼びかけとして、デジタルハリウッド大学に現実科学研究所を設立する。本研究所は、「現実は変えられる」「世界は自分の力で満たせる」という考え方を、研究者・クリエイター・産業界・行政が一つのテーブルで実践する場であり、知の循環を大学の外へ開き社会に根づかせる「知のエコシステムの実装」を設立の目的として掲げる。
第2章 思想的基盤 ― 現実科学
2.1 現実は私たちの内部に立ち上がる
神経科学によれば、私たちの脳は世界を客観的にただ受け取っているわけではない。過去の経験からつくった予測モデルをもとに、世界がどう見えるかを能動的かつ主観的に組み立てている。つまり同じ場にいた人が、まったく異なる「現実」を生きていることは当たり前なのである。
しかしながら、私たちは「現実は誰にとっても同じはず」という前提で議論し、すれ違い、疲弊している。以前に増して価値観が多様化し、世代・文化間の分断が深まる今、その前提で世界を理解し、行動するのは無理がある。現実科学は、「現実は人によって違う」という当たり前の事実を直視し、それを扱える知として体系化する試みである。この試みは、2018年に杉山前学長から藤井がデジタルハリウッド大学大学院の教授として招聘されたことに端を発している。
2.2 一切皆空・一切皆楽
藤井の考え方の根本には、「一切皆空・一切皆楽」という古くて新しい原理がある(仏教に由来する「一切皆空」の語を、藤井が現代的に再解釈した独自の表現である)。
「一切皆空」とは、固定して見える物事も実は瞬間ごとに変わり続けている、全ては関係性で成り立っているという見方。仕事の役割、人間関係、自分らしさ等の、揺るぎないと思っていたものも、文脈次第で姿を変える。
ここで多くの人は虚しさを感じるかもしれない。しかし現実科学はそこを反転させる。固定されていないからこそ、あらゆる瞬間に自分の手で現実を組み直せる。痛みも、関係も、未来も。これが「一切皆楽」、全てを自由に編み直していい、楽しんでいい、創ってよいという絶対的な肯定である。
デジタルハリウッドの創立精神「すべてをエンタテインメントにせよ」は、まさにこの肯定の現代版と言える。世界は固まったものではなく、つくり替えていけるもの。この立脚点が、創立以来のDNAとして今に続いている。
2.3 意識と無意識のあいだ ― 創造的自由の場所
私たちが「自分で決めた」と思う判断の多くは、意識化される前に無意識の階層で準備されている。意識は後から「私が決めた」と意味づけているにすぎない。
では、私たちに「自由意志」はないのか?現実科学は、ここで諦めない。
意識は、無意識に直接命令できなくとも、観察し、気づき、わずかな調整を加えることはできる。主観的な評価軸を変えるだけで、予測モデルを改変することはできる。これが「自分を変える」ことの正体である。意識と無意識が押し合うのではなく協働して現実を望ましい方向へ更新する。この小さな往復の協働過程にのみ創造的な自由がある。
私たちは普段、「こうあるべき」という思考のクセと、反射的に出る行動のクセに縛られて、同じパターンを繰り返して生きている。現実科学が提案するのは、このクセを断ち切ることではなく、意識的に観察できるようにし、少しずつ方向性を変える技術の獲得と実践である。
2.4 現実を更新する勇気 ― 凍結した自己定義を解く
霊長類を使った藤井の過去の研究において、群れの中の上下関係は「生まれつきの性格」で決まっているのではなく、文脈に合わせて瞬間ごとに変わる社会的な「役回り」でしかないことが示されている。下位の役をうまく演じられるサルほど、文脈に敏感で知性が高い。社会が成り立っているのは上位個体の力ではなく、下位個体の抑制的な適応行動によってである。この抑制は本質的にいつでも外せるものであり、実際に下位のサルは文脈が変わるとあっという間に自由に振る舞うようになる。
人間の不幸は、文脈に関係なく行動様式を固定することにある。「私はこういう人間だ」「この立場では絶対こうあるべき」と自分の可能性を閉ざし、文脈が変わっても行動を更新できなくなる。そのとき、世界は息苦しく硬直する。
現実科学が提案するのは、その呪いを解くことである。「これは自分だ」「これが正解だ」と思っているものを、いったん「いまの仮の姿」として見直し、いつでも選び直す余地を自分のなかに残しておく。これは無理に頑張ることでも、自分を捨てることでもない。「文脈条件を丁寧に見直したうえで、必要なときだけ自己抑制を外す」しなやかさを取り戻すことにある。
この「現実を編集し更新する勇気」こそ、レジリエンスの本質でもある。
2.5 現実編集 ― 哲学から方法論へ
ここまで述べてきた「現実は変えられる」という認識を、ひとつの実践として一言にまとめた言葉が、本研究所が旗印に掲げる 現実編集 である。
現実編集とは、「動かない」と思い込まれてきた前提や境界を、意識的に見直し、別のかたちへと組み直す実践。組み直しは、自分自身の生き方、チームのルール、会社の仕組み、社会の合意、文化のパッケージ、産業の構造等、どのスケールでも起こりえる。
これまで一部の天才や名匠が直感で行ってきた現実編集を、誰もが学び、実践できる技術へと引き上げる。次章以降で示すように、その場として選ばれるのが、研究者とクリエイター、行政が同居するデジタルハリウッド大学の現実科学研究所だ。
第3章 ミッションとビジョン
3.1 ミッション「世界を満たせ:Fill the World」
本研究所のミッションは、「世界を満たせ:Fill the World」である。
このミッションは、自分自身を満たすためのものではない。自分のなかにある可能性、まだ世界に存在していない新しい価値を、作品として、サービスとして、システムとして、コミュニティとして、世界に実装し循環させていく。それによって現実を更新していくことを意味する。
世界はまだ完成していない。だからこそ、人間の創造性には意味がある。どんな手段でも、構築した現実を「外」へ実装した瞬間に、それは世界を満たす一片となる。
「世界を満たせ」は、個人の挑戦ではなく、連鎖反応の宣言である。誰か一人の作品が誰かの希望と未来になり、それがさらに次の誰かの現実を更新し、その更新が世界の見え方と見せ方を編み直していく。本研究所は、この連鎖反応を組織的に生み出す場として設計されている。
3.2 「すべてをエンタテインメントにせよ」からの継承と拡張
1994年に始まったデジタルハリウッドの第一の時代、創立者・杉山知之による「杉山時代」は、「すべてをエンタテインメントにせよ」という一語に要約される。この精神は30年以上、当大学の根幹として、日本のデジタルクリエイティブ産業の血脈をつくってきた。
2026年に始まる藤井時代の「世界を満たせ」は、この精神を継承し、拡張するものである。エンタテインメントの領域を「人間の可能性を拡張する知」「世界の見え方を編み直す力」へと押し広げ、教育、医療、労働、ガバナンス、研究、外交など、人間の現実感覚に関わるあらゆる活動領域で、現実を編集し、新しい色彩で実装し、豊かさを世界に届けていく。
第一の時代がデジタルクリエイティブ産業の血脈をつくったように、新しい時代は「現実編集産業」とも呼ぶべき新しい産業のエコシステムをつくっていく。本研究所は、その継承と進化を同時に担う実装拠点である。
3.3 10年ビジョン ―「未来をつくる知のインフラ」へ
2036年、デジタルハリウッド大学は「未来を学ぶ学校」から「未来をつくる知のインフラ」へとその社会的認知を転換させている。「次の時代を考えるならデジタルハリウッド」という想起が、産業界・学術界・行政・国際コミュニティの共通言語となっている。そのために本研究所が10年かけて達成する四つの姿を描く。
第一に、AI時代の創造性を定義する機関となること。生成AIが「人間にしかできないこと」を書き換えつつある時代に、創造性とは何かを問い直し、その答えを実装可能な知として社会に提示する。
第二に、アカデミア・クリエイター・ビジネスの交差点となること。研究者と表現者と事業家が同じテーブルに座り、共通の言語で現実編集を語り、共同で社会実装するハブとして機能する。
第三に、人間可能性研究の社会実装拠点となること。脳科学・XR・AI・ブレインテック・現実科学を統合的に扱い、研究を研究で終わらせず、産業と社会へ届ける装置となる。
第四に、日本発のグローバルCreative Intelligence Hubとなること。日本独自の精神性とクリエイティブの蓄積を、世界の研究機関・産業・大学と接続し、世界における「現実編集の発信地」としての位置を確立する。
これらは10年後の到達点であると同時に、本研究所が日々の判断のなかで参照すべきイメージである。この到達点は、第5章で述べる「知のエコシステム」が制度として自走することではじめて実現される。
第4章 なぜデジタルハリウッド大学なのか
4.1 研究者とクリエイターが同居する希少性
世界には優れた研究機関がたくさんある。MITメディアラボ、スタンフォードd.school、ETH Zürich、東京大学先端科学技術研究センター。それぞれが領域横断と社会実装を掲げている。しかし、研究者とクリエイター、つまり産業の現場で作品とサービスを生み続けるプロのつくり手が、同じ屋根の下に常駐している場は、世界に数えるほどしかない。
デジタルハリウッド大学は、その希少な場の一つである。設立以来30年余、研究者・教育者・実務家・アーティスト・起業家を同時に擁し、論文と作品の両方を世に送り出してきた。学生は在学中から作品を発表し、卒業生は日本のデジタルコンテンツ産業の中核を担っている。
現実科学のような新しい考え方を社会に広げるとき、研究だけでは足りない。理論を語る人と実際に形にする人が同じ場にいて、互いの言葉を翻訳し合えるとき、はじめて新しい考えが産業や社会に届く。現実科学研究所が、他の研究機関でも企業R&Dでもなく、デジタルハリウッド大学のなかに置かれる理由は、ここにある。海外の先端拠点を参照しつつ、日本のクリエイティブ産業と地続きの現場性を持つことが、本研究所の独自性となる。
4.2 三つの行動指針 ― 意志と責任を貫く軸
藤井が新たに掲げるデジタルハリウッドの三つのバリュー(行動指針)は、本研究所の運営原則でもある。
信頼から始めよ。自分を信頼し、仲間を信頼し、未来を信頼する。共同幻想が崩れた今、信頼は自動的に与えられるものではなく、自分から選び取って始める態度である。
科学的に生きよ。仮説を立て、つくり、検証し、更新し続ける。研究室の作法を、日々の仕事や生き方にも持ち込む。
プロフェッショナルたれ。自己満足ではなく、受け手のことを考え、最後までやりきる。自分の作品が誰かの世界に影響することへの責任を引き受ける。
この三つに通底する、本研究所が特に強調したい姿勢がある。それは意志と責任である。現実は編集できる。だからこそ、編集する意志を持ち、編集した結果に責任を持つ。意志のない自由はその場限りの現実をもたらし、責任のない編集は自他の現実を傷つける。この二本柱が、本研究所のあらゆる活動の土台となる。
4.3 「すべては実験である」というカルチャー
研究者とクリエイターが同居し、信頼・科学・プロフェッショナリズムを共通言語にする場には、自然と一つの文化が立ち上がる。それは「すべては実験である」という思想。
教育のかたちを、授業のフォーマットを、学生の作品を、企業とのコラボを実験する。仮説を立て、小さく試し、観察し、更新する。完成度よりも、動かせるスピード、更新のサイクルを優先する。
本研究所は、この文化を増幅させる装置である。論文と作品の両方を成果として認め、失敗を恥ではなく研究素材として扱い、境界を越える試みを応援する。これが、本研究所を単なる「研究の出口」ではなく「実験場」として設計する理由だ。
第5章 研究所の機能
5.1 ミッションの実装インターフェース
ミッションは、学長室の宣言だけでは社会に届かない。具体的なプロジェクトに翻訳し、外部のパートナーと一緒に走らせ、成果を見える形にし、次の挑戦に再投資する。この循環があってはじめて、ミッションは社会のなかで動き始める。現実科学研究所は、「世界を満たせ」をその循環の中心で回す実装インターフェースとして機能する。
5.2 産学連携の再定義 ― 境界を操作する実験場
これまでの産学連携は、「大学のシーズを企業の商品開発に応用する」という一方向の枠で語られがちであった。本研究所は、そこを更新する。産学連携とは、大学と社会・産業のあいだにある境界そのものを意識的に操作する行為だと考える。「教育」と「社会」という二つの予測モデルを、揺るぎない前提として固定せず、編集できる動的な構造として扱う。本研究所は、この境界操作を組織的・継続的に行う日本初の場として位置づけられる。
5.3 研究・実装・教育・発信の循環構造
本研究所は、四つの機能を一つの循環として運営する。
研究:現実科学を中核に、脳科学・XR・AI・ブレインテック・哲学・社会学・芸術理論を統合した学際研究を行い、論文・特許・白書として知を生み出す。
実装:研究成果と現場の課題を結びつけ、産業界・行政・市民社会との共同プロジェクトを進め、プロトタイプ・サービス・コンテンツ・制度として知を社会に届ける。
教育:研究と実装の現場を、学部・大学院のカリキュラム、社会人向けリカレント講座、企業内研修、高大連携プログラムへと展開し、次世代の「現実編集者」を育てる。
発信:知と実践を、出版・レクチャーシリーズ・国際カンファレンス・メディアを通じて開き、共感者と協働者を世界中から集める。
これらの四機能は独立した部門ではなく、循環するエコシステムとして運営される。この循環の速度と質を最大化することが、本研究所の最も重要な責務である。
5.4 知のエコシステムの実装 ― 大学と公益法人の二枚看板
本研究所は、デジタルハリウッド大学の内部に置かれる学術・思想の核である。しかし、上記の循環を大学の内側だけで完結させていては、知は社会に根づかない。研究者・クリエイター・社会人・産業・行政・市民が継続的に出入りし、知が絶えず循環し続ける「知のエコシステム」として社会に実装するには、大学の枠を越えて外へ開かれた、非営利で公益的な器が必要である。そこで本研究所は、大学と連携する公益的な法人を設け、二枚看板で運営する。
研究が生んだ知が社会に実装され、実装が新たな学びと研究を呼び、その担い手が次の世代へ受け継がれていく。この循環を、単発の事業ではなく制度として自走させることが、二枚看板の狙いである。第3章で掲げた「未来をつくる知のインフラ」は、この知のエコシステムが制度として回り続けることで初めて達成される。
5.5 共創プロジェクト ― 現実編集の実践ポートフォリオ
本研究所が立ち上げ期から取り組む共創プロジェクトを紹介する。それぞれが異なるスケールの現実編集を担い、多様なポートフォリオを構成する。いずれも、研究の知を現場に実装し、現場から生まれる新たな問いを研究へ還流させる「知の循環」の実践例である。
能動的セキュリティ学 ― 境界スケールの現実編集:「攻守両面を知らずして防御は無理」という命題は現実科学の核心と重なる。無自覚に守ってきた現実の輪郭を見直す「現実を定義し直す勇気」を技術として身につけ、日本のサイバーセキュリティ研究のハブとして発展させつつ、組織・制度・自己定義の硬直を解く一般的な現実編集技術へ横展開する。
デジタルヘルス ― 医療の境界を見直す:デジタルハリウッド大学大学院を起点に始まったデジタルヘルスコミュニティを中心とし、医療情報の取得、受診、相談など、医療サービスの提供者と受容者の境界を見直し編集することで、医療とその周辺の新しい形と価値を探る。
雨ニモマケズ高等学校連携 ― 自己スケールの現実編集:2027年4月開校予定の同校のレジリエンス教育と高大連携で接続する。自己定義が最も硬化しやすい15〜18歳に、現実編集の可動域を保ったまま大人になる訓練を提供し、高校と大学の境界そのものを操作対象として、境界操作の実験場を教育機関間で実証する。
シンギュラボ連携 ― 創発スケールの現実編集:スペースデータ社が主催する創発的コミュニティと連携する。コミュニティのボトムアップな課題発見・解決力とデジタルハリウッドを接合し、「現実編集のダイナミクス」を社会規模で再現する。研究者だけでもコミュニティだけでも到達できない新しい知の生成と循環の形を立ち上げる。
第6章 ステークホルダーへの意義
6.1 産業界へ ― 現実編集産業という新しい産業圏
XR・ブレインテック・生成AI・コンテンツ産業はもちろん、医療・教育・労働・都市・観光・ガバナンスなど、人間の現実感覚に関わるあらゆる産業に対して、本研究所は「現実編集」という共通言語と方法論を提供する。研究者の知と、現場の課題と、クリエイターの実装力を一つのテーブルに集めることで、単独では到達できない次世代サービス・プロダクト・体験を共同で生み出す。短期的には共同研究とPoC、中期的には新規事業創出、長期的には「現実編集産業」という新しい産業圏の形成への参加機会を提供する。
6.2 学術コミュニティへ ― 領域横断の新しい知の生成
脳科学・現象学・認知科学・XR・AI・社会学・芸術理論など、これまで別々に展開してきた知を、「現実」というひとつの問いの周りに統合する場を提供する。研究成果を社会実装まで届ける道筋があることで、研究者は自らの知が社会に与える影響をリアルタイムで観察し、研究テーマを更新する材料を得る。クロスアポイントメント、客員研究員、共同研究、国際共同プロジェクトなど、多様な関わり方を用意する。
6.3 学生・卒業生・受験生へ ―「世界を満たす人」になる場
学生にとって本研究所は、授業の延長線上で社会と接続できる場である。研究プロジェクトに参加し、企業との共同案件に関わり、自分の活動が実際に社会に実装される経験を在学中から積むことができる。卒業生にとっては、生涯にわたって学び直し、再挑戦し、次の世代とつながるためのプラットフォームとなる。受験生にとっては、「世界を満たす人になる」というキャリア・ビジョンの拠り所となる。デジタルハリウッドはスキル習得のための学校ではなく、自分の可能性で世界に価値を届ける実践の場なのである。
6.4 社会全体へ ― 主体性回復のインフラ
共同幻想が機能を失い、戦争と分断が深まる時代に、多くの人が「自分には何もできない」という無力感のなかで生きている。本研究所は、この時代の問いへの一つの答えである。自分の現実を自分で定義し直し続ける。この最小単位の自由を取り戻した人たちが、意志と責任をもって自分の作品・サービス・実践を世界に実装していく。その集積が、世界の見え方を編み直していく。本研究所は、その連鎖反応を組織的に生み出す 主体性回復のインフラ として、社会全体に開かれている。
第7章 体制と運営
7.1 ガバナンス
本研究所は、デジタルハリウッド大学 学長 藤井直敬の直轄として設置される。学長が所長を兼務し、教学ビジョンと運営方針を一貫させる。日常的な運営は専任の事務局が担い、重要な方針決定は、運営委員会(学長・主要プロジェクトリーダー・外部有識者)で合議制により行う。本研究所は大学の教学機能の一部として位置づけられ、学長の教学裁量の範囲で運営される。経営面については、大学運営本部・理事会と適切に調整しながら、教学と経営の境界を尊重した形で進める。
7.2 主要メンバーと役割
所長:藤井直敬(学長兼任) 思想体系・ミッション・全体戦略を統括。
プロジェクトリーダー:各旗艦プロジェクト(能動的セキュリティ学、デジタルヘルス学会、雨ニモマケズ高等学校連携、シンギュラボ連携)に専任または兼任のリーダーを置く。
事務局:プロジェクト進行管理、対外調整、財務・契約、広報・発信を担う。
特任研究員・客員研究員・特任クリエイター:プロジェクト単位で外部から招聘。
学生研究員・学生プロジェクトメンバー:学部・大学院の学生をプロジェクトに正式メンバーとして組み込む。
7.3 外部パートナー・有識者ネットワーク
立ち上げ時から外部ネットワークを構築する。産業界パートナーとして、XR・ブレインテック・コンテンツ・AI領域の主要企業との共同研究契約。学術パートナーとして、国内外の大学・研究機関との連携協定と人材交流。行政・公的機関との連携として、文部科学省・経済産業省・総務省・自治体などとの対話の継続。国際パートナーとして、世界の先端的研究実装拠点との計画的な交流。有識者ネットワークとして、現実科学ラボ・レクチャーシリーズで構築してきた各界の有識者ネットワークを継承・発展させる。
結び ― ともに世界を満たそう
世界は完成していない。だからこそ、人間の創造性には意味がある。
私たちは、共同幻想が機能を失った時代を生きている。何が正しく、何が間違っているのか、誰にも分からない。一人で何ができるのかと問われれば、絶望しか感じない瞬間がある。
しかし、自分の現実は自分の内側にしか存在しない。あなたの世界は、あなただけのものである。あなたにしかできないやり方で、あなただけの色で、世界を塗っていくことができる。一見虚無的に響くこの認識を一度くぐり抜けると、世界はむしろ明るく見え始める。自分が作った豊かな現実は、必ず外へ伝搬していく。
本研究所は、その実験場である。すべてを疑い、自分自身と仲間を信頼し、科学的に仮説を立て、つくり、検証し、プロフェッショナルとして社会に届ける。意志を持って編集し、責任を持って実装する。そんな人たちが集まり、互いの現実を編集し合い、新しい世界の一片を満たしていく。
研究者も、クリエイターも、企業の方も、行政の方も、学生も、卒業生も、これから入ってくる若者たちも。共同研究への参画、研究員としての参加、教育連携、レクチャーやカンファレンスへの来場、どのかたちでも構わない。まずは私たちのテーブルに着いてほしい。
世界を満たせ。あなたの色で、あなたのやり方で、あなたの可能性で。その連鎖反応の中に、私たちが信じる希望がある。
2026年7月 デジタルハリウッド大学 学長 藤井 直敬
用語集
現実科学(Reality Science):脳によって構築される個々人の主観的な「現実」を科学の対象とし、その仕組みの解明と社会応用を目指す学問。藤井直敬が提唱。
現実編集:「動かない」と思い込まれてきた前提や境界を意識的に見直し、別のかたちへ組み直す実践。個人・組織・社会のあらゆるスケールに適用できる。
現実編集産業:現実編集の方法論を軸に、XR・ブレインテック・AI・コンテンツから医療・教育・ガバナンスまでを横断して生まれる新しい産業圏の呼称。
世界を満たせ(Fill the World):藤井直敬が掲げるデジタルハリウッドの新ミッション。自分の可能性を作品・サービス・実践として世界に実装し、新しい価値を増やしていくこと。
すべてをエンタテインメントにせよ:1994年の創立以来のデジタルハリウッドの精神。「世界を満たせ」はこれを継承・拡張するもの。
二枚看板:大学(正規の教育・研究を担う内向きの核)と公益法人(社会実装・外部連携を担う外向きのハブ)の両輪で知のエコシステムを運営する体制。
一切皆空・一切皆楽:仏教由来の「一切皆空」を藤井が現代的に再解釈した原理。すべては関係性の中で変わり続ける(皆空)からこそ、すべては自由に編み直してよい(皆楽)とする肯定の思想。
共同幻想:社会の成員が共有することで機能してきた「常識」「正しさ」などの暗黙の合意。本趣意書では、その共有が失われつつある現代状況を指して用いる。